べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「冨士浅間神社」(静岡県駿東郡小山町)

7/18。

山中湖で何やら結構なお祭りがあったので行ってきました(まだコロナ禍明けず、でお客さん自体は少なかった)。

その帰りに、たまたま見つけて寄った、「冨士浅間神社

 

◯こちら===>>>

higashiguchi-fujisengenjinja.or.jp

 

東口本宮なのですね(全然全然わかっていない)。

 

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案内板。

何というか、作り的に、本当に登山口前に建てられていて、一直線なのが面白い感じがしました。


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麻布山三講という、富士講の石碑群です。

江戸にはたくさん富士塚があったそうです(それほど残っていないですが……「鬼王稲荷神社」のは壊れている……あ、「鳩森八幡」がしっかり残っているか)。


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鳥居。

クリーム色。


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これも富士講の碑ですね。


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こちらも。


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こちらも。

富士講の解説案内板があります。

富士講は、触れ始めるとまたそれはそれで深いので、やめておきます(勉強不足)。


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なんだっけ……何となく、いい景色だったので。


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「祖霊社」。

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拝殿前の鳥居。


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社標。


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火山弾の数々。


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何の碑だろう……灯篭にしては火袋がない……。


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獅子山の狛犬さん……獅子山だから獅子じゃないのか……。

こちらも講の方が奉納されたようです。


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楼門。


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宝永の大噴火で大破したと……たった300年程前のことですからね、いずれ富士山も噴火することでしょう。


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東口本宮。


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神厩舎。


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境内社は、「事代主命」と「大国主命」を祀られているので、「恵比寿大黒社」でしょうか。

もともとは富士紡績株式会社の鎮守だったようです。

最近では、会社の中に神社を祀ったりは、しないんでしょうかね……。


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狛犬さん。

苔むして良し。


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境内末社

「社護神社」はちょっと謎ですが(鬼門除けで「大己貴命」と「月読命」っていうのがどうにも……)、元々はシャグジ神だったかもしれません(憶測)。


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社殿横から。


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社殿正面から。

富士と桜、は「木花開耶姫命」だからですね。

しめ縄が独特……。

 


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拝殿遠景。

干支の彫物が並んでいます。

おっと、この木鼻の感じ等から見ると、権現造ですか。

 


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曇っている……。


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楼門を裏から撮ったのですが。


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狛富士?

富士塚


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狛犬さんを正面から再び。


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御朱印

そうか、「海の日」だった。

 

さて。

 

◯こちら===>>>

静岡県駿東郡 編『静岡県駿東郡誌』,静岡県駿東郡,1917. 国立国会図書館デジタルコレクション

静岡県駿東郡誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション

(参照 2024-01-25)

 

静岡県駿東郡誌』という本がありましたので、こちらから(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

p339より。

 

「県社浅間神社

須走村字日向に在り、祭神木花開耶姫命にして、大己貴命、彦火々出見尊を配祀す、社域千四百六十六坪、本社は富士山登山道、須走口當道の鎮座にして、境内老樹鬱蒼自然に森厳を添ふ。

社記云、当社は平城天皇の大同二丁亥年創建と申傳ふ、古来富士東口本宮と称す、傳云、延暦二十一年正月より、富士山東脚、噴火を発し、黒雲晦冥、日を経て鎮火せず、頻りに震動して其響き雷鳴の如く、砂礫を雨らす、里人恐怖して憂懼止まず、時の国司郡司亦之を憂へ鎮火祈祷として、乃ち富士山東面、須走の地に於て、斎場を設け祭事を執行す、是即ち現今の社地、字日向と称する地なり、同年四月初申の日に至り初て鎮火す、因て神威を恐こみ、其神徳を報賽せんが爲め社殿を創立し、爾来初申の日を以て、例祭日と定めたり、而して社殿造営修復は時の国司により勤めらる、天正中武田氏当社を崇敬し、本社・幣殿・拝殿・鳥居・板橋まで再建せられ、神領を寄附せらる、其後中村一氏本州を領せし時、亦社殿の修補を加へ徳川幕府時代、寛永中又修繕を加へらる、其後寛文三癸卯年、相州小田原城主稲葉美濃守、本社・幣殿・拝殿に至る迄再建造営す、貞享二乙丑年、同城主稲葉丹後守、楼門・鳥居・板橋等修繕す、其後元禄四辛未年、小田原城主大久保加賀守、社殿の修補あり、同十四辛巳年に至り、又社殿再建造営を企つ、會々同年九月大地震の災あり、小田原城中大破損に罹り、爲めに本社の工事果さず、其後宝永四亥年十一月廿三日、富士山中腹より噴火し、砂礫を雨らすこと昼夜止まず、地上悉く埋没し、此地砂の深さ一丈二尺余に及ぶ、時の代官伊奈半左衛門幕府の命を奉じて、埋没村落の再興を謀る、当時此災害に罹りしを以て、本社再興のことを擧るを得ず、其儘に経過し、正徳四乙未年に至り寺社奉行石川近江守へ、先規の通り再建願出たる處、江戸市中勧財を許可せられ、当時神官拮据励精の結果、享保戌年に至り、漸く故の如く社殿再興の功を奏す、此時小田原城主大久保加賀守より、白銀十枚、槻材二十本、鳥居材杉六本寄進せらる、其後寛政四壬子年、鳥居改築に際し、前例に因り小田原大久保家より用材杉数本の寄附あり、明治維新後は社殿の維持修繕、総て氏子信徒の経営に須つこととなれり、従前社領として除地高四石八斗を有せり、明治維新上地となる、明治六年郷社に列せられ、同十九年県社に昇格せり。(以下略)」

 

……ふう。

最初は、噴火を鎮めるための斎場だったものが、やがて神社の体裁を持つに至り、また噴火で焼かれると……将来的に噴火することが確実らしい富士山、できれば南海トラフと同時は避けていただきたいものですが……。

木花開耶姫命」といえば、記紀神話でも結構著名ですが、どうしてまた富士山の女神になったんでしょうね……という謎については、

 

 

 

↑こちらを読むと少しわかるかもしれません。

古事記』『日本書紀』に富士山が出てこないのは事実です。

この山にまつわる神話が残されていない、ということは、大和朝廷の原型となる集団が形成される中で、富士山の神話を持っていたであろう一団が勢力を保持できなかった、ということなのでしょう。

日本武尊」なんて、明らかに東海道を通っているはずなんですが、さっぱり無視ですから。

古代、富士山にはどんな神話があったのでしょうね……とここで古史古伝には安易に飛びませんので(面白いんですけどね)。

漫画『スプリガン』の描写が、結構的をいているような気もします。

いろいろ妄想してみると面白いかと。