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まだ追いつかれていませんが、そろそろだな……というわけで今回は、桜もまだ残るだろう飛騨高山を目指し、いろいろスルーしつつ、「水無神社」を目指しました。
◯こちら===>>>
高山周辺は、よんどころない事情でしばしば訪れており、そのたびに小さな雰囲気のある神社や結構派手にかましている神社などが車窓から見受けられ、じっくり巡ってみたいと思いつつも、なかなか……今回は思い切ってみましたです。

駐車場は社殿隣だったのですが、そこから鳥居正面の歩道橋まで戻って。
桜、残っていました。

お祭りの雰囲気。


川沿いもなかなか美しく。


「一宮大集会之址」という石碑です。
反射が強い……重税を課そうとした代官に対する運と、それに対する代官・幕府側の攻撃で多くの人が亡くなった……そうです。
かつて民衆叛乱を卒業論文のテーマに選んだりしたこともある私には(あ、西洋ですけどね)なかなか興味深いものですが、今回は合掌して通過。

社標。


「飛騨の大祭」の解説。
参拝したときは、大祭直前だったわけですね……知らなんだ。

一気に拝殿まで。

賽銭箱。

「飛騨一宮水無神社略誌
一 御祭神
水無神 御歳大神を主神として
相殿 大己貴命、神武天皇、応神天皇外十一柱
末社 延喜式内外十八社及び国内二十四郷の産土神
一宮稲荷、白川社(御母衣ダム水没の白川郷より奉遷)一 御由緒
神代の昔より表裏日本の分水嶺位山に鎮座せられ、神通川、飛騨川の水主(みぬし)、または水分(みまくり)の神と崇め農耕、殖産祖神、交通の守護(道祖神)として神威高く延喜式飛騨八社の首座たり。
歴代朝廷の崇敬厚く、御即位、改元等の都度霊山位山の一位材を以って御用の笏を献上する。
明治維新、国幣小社に列し、旧来より飛騨一宮として国中の総社(総座)なり、本殿以下二十余棟建坪凡七百坪は、昭和十年起工、国費を以って改築せらる。
飛騨はもとより美濃、越中、木曽に及んで分社、縁社二十余社を有する。
(以下略)」
うむ、今は岐阜県とはいえ、基礎知識がまったくないな飛騨地方……。

別角度。

狛犬さんたら、

狛犬さん。

木製です(……と書いておいて、ちょっと自分でも信用できず)。

拝殿前から、参道方面を振り返り。

あ、拝殿の真ん前まではいけません……あれ、あっちが幣殿で、こっちが拝殿か……。
スロープが超広い。

社殿向かって左手に進むと、「一宮稲荷」があるのですが、そこからちょっとだけ覗いている社殿(わかりづらい)。

杉?

こちら「一宮稲荷」。

おキツネ様ったら、

おキツネ様。

社殿。


鳥居。

「白川神社」の案内。
「御母衣ダム」に沈んだ集落の「白山神社」を合祀したら、「白川神社」になりました。

碑は刻文が今ひとつ読めず……。

なんと、島崎藤村の父親は、「水無神社」の宮司だったと……あれ、どっかで聞いたことある話だ……思い出せない……。

ちょっとわかりづらいですが、多分「白川神社」の社殿。

狛犬さんたら、

狛犬さん。

テントの間。

拝殿遠景。





「祈雨の神馬」と「祈晴の神馬」。


これはなんだっけな……。

ああ、これは石灯籠の傘がやけに大きくて、支柱で支えているのが面白かったので。



「ねじの木」。
ひとりでにねじり上がったヒノキ、だそうです。

鳥居の近くから振り返り。



絵馬殿。
元々は拝殿だったようです。



生まれたての狛犬さん。
なにしろ、五月の大祭のために作られたようですので。

社標……あれ、最初にも出てきたような……。






ここからは、社殿向かって左手、駐車場との間にある森の中の風景を。
……なんか急に、ジ◯リのキャラみたいなのが出てきましたが……斎庭という感じ、神秘的。

本殿方向。

駐車場から、山桜。
この時期、この国は、山を見ればちらちらと桜の木が見受けられて、満開に咲き誇る染井吉野もいいですが、こういう風景もまたいいです。

御朱印。
さて、久々の一宮初参拝、妄想がはかどるかどうか……。