10/21。
「御霊神社」を堪能したので、後はまぁ、何となく。
メジャーどころですね。
まずは、「虚空蔵堂」。
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え?
メジャーじゃない?
まぁそういわず。
正しくは「明鏡山円満院星井寺」と称するそうです。
「奈良時代、行基が『虚空蔵求聞持法』という秘法を修した霊跡に建立されました。現在は成就院の境外仏堂です」
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「虚空蔵堂」のはす向かいくらいのところにあるのが「成就院」らしいのですが、時間的制約で、そちらまで回れませんでした……。
「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」というのは、奈良時代に大陸から伝わった密教の秘法で、簡単に言えば、
「超・記憶術」
です(簡単すぎる)。
「虚空蔵菩薩」を本尊とした修法ですが、この菩薩様のお名前からして「超」な感じです。
仏教で「〜蔵」というと、別にそういう蔵があるわけではなく、「格納している状態」というような意味です。
「地蔵」は、「大地を格納しているような」、つまり「大地のように堅牢で、破壊不可能な」という意味で、衆生に変わって苦難を受けてもびくともしないことを表しています。
「虚空蔵」は、それと反対に「虚空を格納している」わけです。
つまり、「空っぽ」ですから、逆説的に「宇宙の全てを格納している」ので、その智慧も無限、記憶力も無限。
という表面的な解釈で、まあいいんじゃないでしょうか(投げやり)。
で、「虚空蔵堂」の階段の下に、「星の井」というものがあります。
「この井戸は、鎌倉十井の一つで、星月夜の井、星月の井とも呼ばれています。
昔、この井戸の中に昼間も星の影が見えたことから、この名がついたといわれています。
奈良時代の名僧・行基は、井戸から出てきた光り輝く石を虚空蔵菩薩の化身と思い、お堂を建てて虚空蔵菩薩をまつったという伝説もあります。
井戸の水は清らかで美味だったので、昭和初期まで旅人に飲料水として売られていたそうです」
石碑の方には、「昔、この辺りは昼なお暗かったので、星月谷といっていたのが、転じて星月夜となって井戸の名前になった。里の長老が言うのは、『昼でも星の影が見えたからこの名前がある。近所の婢(はしため)があやまって菜刀(菜切り包丁)を落としたら、それ以降星が見えなくなった」といった話が書かれています。
「星の影」というのは、「星の光」のことです。
日本語では、「影」には「光」という意味があります。
何ともロマンチックな名前の井戸ですので、訪れる人は少なくないようです。
確かに、
「御霊神社」
よりは集客力がありそうです。
ちっちゃく井戸の神様もお祀りされています。
そこから歩きまして、今度こそメジャー観光ゾーンへ。
江の電長谷駅を通り過ぎてずんずん進んでいきますと、観光客が増える、さらに外国人観光客が増える増える。
エキゾチックジャパ〜ンなスポットなのですこの辺り。
そう、「長谷寺」ですね。
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正しくは「海光山慈照院長谷寺」。
「はせでら」です。
うーん、来た記憶がない……。
いやでも、まだ学生の頃に一度来たかな……いやあのときは、鎌倉五山を回ったんだったか……さだかでない。
とにかく山門を潜って中に〜。
あ、入山料がかかります。
動物園か水族館に入るような、チケット窓口に、ちょっと切なくなりました……。
順路に従うと、まずお庭を拝見できます。
大変立派な庭です。
あんまり写真はないですが。
階段を上り詰めますと、「本殿」。
ご本尊は「十一面観世音菩薩」です。
もちろん、写真は撮れません。
パンフレットによれば、「養老五年(721)、大和の長谷寺で二体の観音が三日三晩で造られた。そのうち一体は大和長谷寺の本尊となり、もう一体は海中へ奉じられた(流れ着いた土地=有縁の地での衆生済度の誓願を込めて)。天平八年(736)、相模国長井浦(横須賀市長井)の洋上に突然顕われて、鎌倉へ運ばれ、当山開創の礎となった」のだそうです。
内部は非常に広く、また立派で、がらんとした中にたたずむ菩薩の姿は圧倒されるものがありました。
なんと、9メートル以上あるそうです。
そりゃ圧倒されるわな。
お隣は「阿弥陀堂」。
源頼朝公の厄災消除を祈願して造られたもの、だそうです。
こちらもなかなか立派でございました。
こちらは「大黒堂」。
中には「出世開運授け大黒天」や「さわり大黒」が置かれています。
「おさわり大黒」ではないんですねぇ……。
罰をかぶりますな、こりゃ。
こちらは「輪蔵」。
「中国梁時代(五世紀)の学者傅大士の発明によるもので蔵内には一切経が納めてあり時計回転方向へ一回まわすと一切経を一通り読んだと同じ功徳があると云われております」
変形の「マニ車」ですね。
僧侶は経典を読んで唱えてなんぼなので、主に衆生(パンピー)のためにものでしょう。
にしても、人間っていうのは、複雑化したがるくせに、省略もしたがるんですよねぇ。
業の深いことで。
「マニ車」とか「輪蔵」とかって、「バーコード」に似てますよね。
さらっと撫でると、膨大な情報を読み取ってくれる、と。
「一切経」が何なのか、仏典に詳しくない私にはわかりません。
物の本によれば、「経」(仏陀の教え)、「律」(戒律など)、「論」(注釈)の三つをまとめて「三蔵」といい、「一切経」の別名でもあるそうです。
うーん……頭が痛い……とにかく、仏教を学ぼうと思うと生半可ではどうにもなりませんので、表面的にさらっとなめておきましょう。
見晴し台から海を臨みます。
天気悪い……。
ですが、結構暖かかったので、観光客はわんさかいました。
小学生のグループとか(またか)。
個人的な楽しみゾーンは、「弁天窟」です。
もちろん、写真はありません。
こちら、「弁財天」とその眷属である「十六童子」が祀られているのですが。
岩壁に刻まれた像を間近に見ながら、洞窟の中をぐるっと回るんですね。
「観音堂」の広さに圧倒された帰りに、今度は洞窟の狭さに圧倒されます。
本当に狭いです。
途中、さらに狭い洞窟を潜る場所があり。
何度か頭を打ちそうになりましたが、引き返せるものでもなく。
がんばって通過しました。
いや、面白かった。
是非とも、写真に撮りたいスポットでした。
春秋には季節の花々が咲き誇るようです。
タイミングを見計らって訪れるといいのではないかと。
そして、最後は「弁天窟」です。
坊さんは達筆ですなぁ。
写経が修行ですから、さもありなんですな。