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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「稲荷神社」(中区)

8/1。

素敵スポット「闇之森八幡社」の参拝を終えまして、そこから徒歩5分ほどのところにある「稲荷神社」も続けて参拝。

うまいこと紹介されているHPがなかったので、割愛。

 

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比較的新しい鳥居、石柱。

 

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狛犬さん。

正面から撮影してみました。

 

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「稲荷神社

祭神

倉稲魂命 伊弉冉尊 瓊々杵尊 猿田彦命 菊理媛命 徳川義直卿 徳川光友卿 徳川綱誠

由緒

当社は初め丹羽郡石枕村 江南市大字石枕 に在りしを、正徳三年(1713)此地に奉還したものである 尾張藩主徳川吉通卿の御創建になる 元禄二年吉通卿江戸四ツ谷にて御誕生 稲荷社を産土神として崇敬され 正徳二年社地を現所に定め 御造営遷座の命を下される 同年八月斧初をなし 翌正徳三年四月二十五日末社と共に正遷宮の厳儀を執行する 明治四十三年尾張藩祖以下三代の御神霊を合祀する

例祭 十月八、九日

境内神社

山王神社 祭神 大己貴命

五條天神社 祭神 少彦名命

秋葉社 祭神 軻遇突智命

 

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拝殿正面。

堂々とした作りです。

 

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拝殿右手に、境内社が。

 

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秋葉神社」。

 

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山王神社」。

 

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五條天神社」。

 

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北側の鳥居。

 

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 「鎌倉街道

鎌倉街道は京都と鎌倉を結ぶもので、別名「小栗街道」ともいわれ、「十六夜日記」や「東関紀行」などの紀行文で知られている。

その道筋は「尾張狗行記」によれば、萱津宿から庄内川を渡り、東宿から上中、米野、露橋、古渡地内に出、稲荷祠と犬見堂の間を経てその先、大喜、高田へは船で渡り、井戸田、古鳴海へと抜けるという。今では名古屋市の都市化にともなって、局部的に残っているに過ぎない。」

 

街道沿いにあったんですね。

 

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本殿を横から。

新しい造形です。

 

さて。

 

○こちら===>>>

国立国会図書館デジタルコレクション - 大日本名所図会. 第1輯第8編尾張名所図会

 

↑より引用(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

93コマです。

 

「稲荷社
古渡のうち、犬御堂の南の西側にあり。祭神伊弉冉尊倉稲魂命・天津彦彦火瓊瓊杵尊猿田彦命・及び住吉四大神の五座なり。国君圓覚院殿、元禄二年九月十七日、江戸四ツ谷御館にて御誕生ましまし、稲荷を生土神とし給ひし故、御崇敬あらせられ、吉見刑部少輔幸和に命じ給ひて、丹羽郡石枕村の稲荷の社をここにうつし、正徳三年四月二十五日遷座なさしめ給へり。
末社 山王社 本社の北の方にあり。本社と同時に清須よりうつす。五條天神社 本社の南にあり。本社と同時に丹羽郡二宮よりうつす。その外の末社殿宇等は、図上に就いて見るべし。
(略)
境内に楓樹多くありて、秋霜是を染むる時は、紅二月の花を欺き、観賞なのめならず、雅俗遊人の履歴日に絶ゆる事なく、占秋の奇観、実に府下の第一なり。」

 

92コマには図絵があり、前回の「闇之森八幡社」、現在は無くなってしまっている「犬御堂」、「小栗街道」などが掲載されていますが、中心となっているのはこちらの「古渡稲荷」です(「闇之森八幡」なんて、本当に森しか見えません)。

往時、この稲荷はたいそう繁栄したようです。

 

○こちら===>>>

国立国会図書館デジタルコレクション - 尾張志. 2 名古屋

 

前回紹介しなかった『尾張志」より。

10コマです。

 

「稲荷
荘古渡むらにあり 橘町大木戸南 此社もとは丹羽郡石枕村にありしを正徳三年癸巳四月廿五日圓覚院君の命によりてはしめてこの處に移し奉れりこの君の江戸にて生れさせ給ひて稲荷神をことに尊崇し給ひしはかく此御社をうつし祭らせ給ひしとなむ
正殿 廻廊 拝殿 神楽所 御供所 宝蔵 御井 中門 表門 裏門 鳥居 表門番所 摂社 山王社 此はもと清須にありしを正徳年中ここに移し祭る 五條天神社 此は同時に二の宮よりうつし祭れり 御田社 長者社 調(ツギ)御倉(ミクラ)社 専女(タウメ)社 大國魂社  (略)」

 

山王神社」「五條天神社」は当時から摂社だったようですが、どこで「秋葉神社」が入ってきたのか……神仏分離令の後に、近所から集められたのかな。

他の摂社は、どうやら田んぼに関わるもののように思います。

「長者ノ社」「専女ノ社」は解釈が分かれそうですが、単純に「おじいさん」「おばあさん」とでも思えばいいのではないかと(「専女」には「狐」という意味もあるようですので、何かしら二組がありそうですが)。

 

敷地は少々狭いですが、かなり立派な神社でした。

来歴もあり、尾張藩では重く扱われたのでしょう。

今も、地域の人たちの崇敬が厚く思われますが……なんとなく、「闇之森八幡社」のワンダーランドっぷりから考えると、整頓されすぎていて、残念なのです。

 

御朱印はありません。

 

名古屋はまだまだ回るところがたくさんあります。