べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「白山神社(大須)」(名古屋市中区)

3/3。

行き忘れていたわけではないのですが、の白山神社……大須、になるのかな。

公式HPなどはない様子。

 

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鳥居と社標。

 

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「上日置」かな……ここから北東方向に「日置神社」があります。

 

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二の鳥居、というのかどうか。

 

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ちょっとこんもり、土地の勾配なのか、もともとなのか(古墳ということもありえますか)。

 

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拝殿。

尾張造っぽい。

 

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ぽつねんと手水舎。

 

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拝殿向かって左側。

 

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そこから本殿に寄りました。

 

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境内社は「日吉社」。

 

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本殿。

 

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日吉社」正面から。

 

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西向きの社標。

 

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あ、鳥居は南北方向でした。

 

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境内全景。

高くなっているのがわかります。

 

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狛犬さん。

目がぐるぐる、ひげふさふさで可愛い。

 

……あら、これだけか。

 

さて。

 

◯こちら===>>>

大日本名所図会. 第1輯第8編尾張名所図会 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑『尾張名所図会』から(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

125コマです。

 

鶯谷 日置小川町の東、白山のあたりをいふ。今も人家まばらなる陋巷なれば、鶯の啼く音も一入静に聞きなさるる所なり。むかしより当国の鶯を賞せしにや、赤染衛門が家集の中ノ森の歌にも「鶯の聲するほどはいそがれず」とよみ、丹羽郡二宮山の山姥の故事にも、其所の鶯を賞せし由見えたり。[万葉集]の「鶯のかひこの中のほととぎす」といふ歌は、郭公は鶯のやしなひ子といふ事のあるをよみしよしなれば、[続日本紀]及び[扶桑略記]に「養老五年正月戊申朔。尾張国言。小鳥生大鳥」とあるも、此辺の鶯の巣より、餘鳥のすだち出でたるを見て申せしなるべし。[延喜治部省式]の中瑞のうちにも、「小鳥生大鳥」と見えたり。」

 

ふむ、当時(江戸末期)の情景が今ひとつ浮かびませんが……位置的には大須から堀川へ下っていく途中で、今もなかなか風情のある辺りですので、鶯も鳴いたことでしょう。

それにしても、鶯から『続日本紀』や「扶桑略記』などを持ってくる辺り、着眼点が素晴らしい(鶯谷も、郭公(ほととぎす)も、それこそ日本中にいたでしょうに)。

あ、郭公が托卵する、というのは結構古くから知られていたのですね(まあ、昔は自然を見ているしかないわけですから、現代人よりもいろいろなことに気づいたことでしょうけれども)。

 

◯こちら===>>>

尾張志. 2 名古屋 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑『尾張志』もみてみましょう。

16コマです。

 

「白山社
日置の山神社の北西の方にあり菊理媛神を祭るといへり初めて祭れる年月知かたし
摂社 山王社」

 

あっさり。

今も境内にある「日吉神社」が、江戸の頃から「山王社」としてあったことがわかります。

 

◯こちら===>>>

名古屋市史. 社寺編 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑『名古屋市史』の社寺編はいかがでしょうか。

289ページです。

 

「二四 白山神社
白山神社は中区上日置町(もと日置村、往古此辺を鶯谷といへり)の南側に在り、(略)、旧称は白山権現といふ、勧請の年時詳ならず、文明年中、大永年中、天正十五年、慶長十五年、貞享年中に各再営遷宮あり、今村社に列す、祭神は菊理姫命、殿宇は神殿、拝殿、井戸屋形、社務所、木鳥居(元禄年中修繕)等あり、境内神社は日吉神社(もと山王社と号せり、祭神は大山咋命)の一所あり、例祭は九月十五日にして、市より供進使の参向あり、(以下略)」

 

……まあ、江戸期の文献から拾って書いているので、さして変わらず……やはり勧請した時代はよくわからない、ということですね。

白山神社」、日本中にあるのですが、名古屋市内の比較的大きな「白山神社」だけでも、10くらいはあるのではないでしょうか(数えたことはない)。

いわゆる被差別民の集落には「白山神社」が多かった、という研究もあるようで、そうすると、「白山神社」が多い、というのはある意味で都会的な現象なのかもしれません。

被差別民と「白山神社」が今ひとつ繋がらないのですけれども……いや、勉強不足。

 

「日置神社」(再)(名古屋市中区)

2/24。

某ライブまで時間がたっぷりあるので、ぶらっとしつつ日置神社へ。

 

◯こちら===>>>

「日置神社」(中区) - べにーのGinger Booker Club

 

↑以前の記事です。

2018年も、狛犬を求めて流離う年、ということで。

 

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狛犬三昧。

「赤坂氷川神社」(再)

2/17。

いらっしゃい2018年。

というわけで、赤坂で行われたとある宴に出向きましたもので、赤坂氷川神社へ。

 

◯こちら===>>>

「赤坂氷川神社」 - べにーのGinger Booker Club

 

↑過去の記事です。

まあ、基本的には、狛犬さん写真集だと思っていただければ。

 

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御朱印

今年(もうすぐ終わりますが……)はこんな感じのシンプルなのが多いかもです〜。

 

「空鞘稲生神社」(広島市)〜広島参拝記

12/3。

まだ時間がありましたので、検索検索……で発見した、「空鞘稲生神社へ行ってみました。

 

◯こちら===>>>

sorasaya.or.jp

 

↑公式HPです。

 

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看板。

 

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参道入口。

太田川沿い、グリーンアリーナは目と鼻の先、ナイスな場所に鎮座されておりました。

 

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拝殿。

 

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天水桶……にしてはちょっと小さい気がします。

 

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拝殿、別角度。

 

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境内社の「恵美須神社」。
「寛政十年(一七九九年)の勧請」で、「明治三十五年三月」に併合した、と。

 

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拝殿遠景。

 

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狛犬さん。

玉。

 

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「幸神社」。

御祭神は「猿田彦大神」、創建は「天文年間」で、「彦山明神」と呼ばれていたそうです。

猿田彦」の「彦」なのか、そういう地名だったのか……。

 

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稲生神社」。

 

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狛犬さんその2。

若干、怪獣っぽいです。

 

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御朱印

ダイナミック。

 

……あら、また写真が少ないな……。


さて、神社でいただいたパンフレットによれば、御祭神は「宇迦之御魂神」「宇氣母智神」「和久産巣日神」、とのことです。

「ウカノミタマ」は「稲荷」の御祭神で、「稲生」と表記することも多いように思います。

「イネナリ」の音が変化して「イナリ」、そこから「イナオ」「イナウ」になった、ということでしょうか。

どこかで語源に関する記事を読んだ気がしますが……有名な、秦氏が餅を射って云々、ってやつはともかく、稲が「イネ」と呼ばれた時代、そこから「イネがナル」という言葉が生まれて、縮まって「イネナリ」になって、「イナリ」「イナオ」「イナウ」、という誰もが考えつく流れなんでしょうねきっと……で、こちらではそうではないようですが、基本的に「稲荷」の神使はキツネになっておりまして、何故なのか。

たぶん、いろんな人が説明していると思いますので、そちらを確認していただければ、と。

個人的には、キツネの体色と、尻尾が、実った稲穂に似ていたのが大きいのではないかな、と思っています。

御由緒は、

 

「古書に「空鞘神社の縁起は甚だ古く、勧請の年紀詳らかにするも由無なきも後陽成天皇の御宇豊臣秀次未だ関白たりし文禄元年壬申の歳、毛利輝元陰陽両道に跨る太守として広島城郭の築城を告ぐるの時枯萩寒草の間此の地に二社あり、大を空鞘大明神、小を彦山明神という」とあります。この他の私記等の諸書によれば天文年間の御創建ということです。その後隆興の一途をたどり、毛利氏の崇敬なかなか篤くかなりの社領をも有していました。
天保五年(一八三六)社殿を造営、明治五年(一八七二)社格を村社に列せられました。同四十年(一九〇七)神饌幣帛料供進社に指定され大正八年(一九一九)社殿を新築し神域を拡大、当神社より南舟入まで、及び中島、吉島一円の産土神として社頭も非常な賑わいを見せていました。昭和二十年(一九四五)八月六日原子爆弾によりすべて灰燼に帰しましたが、同二十八年(一九五三)十月復興され現在に至っています。
「空鞘」の名は、社頭の松の大木に刀の鞘のみが掛かって居たことによりその社名になったと伝えられており、昭和四十年の町名改正まで神社周辺は空鞘町と称していました。」

 

とのことです。

なるほど、広島の歴史に関しては、毛利輝元のことを勉強しないことにはいけない、ということですね……ふぅ……戦国時代のことはわからんです……ちょっとずつ勉強してはいるんですけれども。

「陰陽両道に跨る」というのに反応して、すわ陰陽道絡みの怪しげなネタか、と思ったのですが、山陽道山陰道に跨る所領」という意味ですね……そりゃそうだ。

 

◯こちら===>>>

備後叢書. 第4巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

『備後叢書』の第4巻から(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

19ページです。

 

「虚鞘明神 在今府治西、未知祭何神也。」

 

……うん、以上。

どうも、この「芸備国郡志』というのは、寛文年間(ですので1661〜1673)辺りに書かれたもののようで、当然「毛利輝元」の時代よりはあとなのですが、まだその頃は隆盛していなかったようですね。

「未知祭何神也。」ですから。

ただ、この『芸備国郡志』という本は、『備後叢書』に入っているということで、安芸国の人ではなく、備後国の人が書いたようです。

そこまで安芸国のことに詳しくなかったのかな、という可能性もあります。

 

◯こちら===>>>

広島みやげ : 附・安芸の宮島 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑前回も引用した『広島みやげ』という本から。

20ページです。

 

「空鞘神社 空鞘町に在る郷社なり、祭神は宇迦之御魂神、宇氣母智神、和具産巣日神にして、当社は毛利氏の築城以前より大小二社ありて、一は空鞘明神と称し、一は彦三之神社と称したる由、宝物の大盃一個は漆器にして、能登国輪島木地屋八兵衛の作なりといふ、尚厳島神社白神社に各一個あるが合すれば一組となると云へり、如何にや。」

 

神社のパンフレットとあまり違いはないですね(宝物については、よくわかりません)。

 

これにて、広島プチ巡礼も終了。

さよなら2017年……。

 

 

 

 

で、もう2018年も12月になろうとしているのですな……ふぅ。

「廣瀬神社」(広島市)〜広島参拝記(補)

12/3。

三姫のために、三女神の島へ参拝に行った帰りに、まだグリーンアリーナに行くには早すぎたので、「廣瀬神社」へ行ってみました。

 

◯こちら===>>>

www.hirosejinjya.jp

 

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絶賛、七五三。

 

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狛犬さん。

勇壮だ……。

 

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きのこチックな石灯籠。

 

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参道。

 

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再びの狛犬さん。

広島は、球に足をかけている狛犬さんが多いですね。

 

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三度の狛犬さん。

ほら。

 

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四度の狛犬さん……普通だった……。

 

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参道。

 

 

 

……あれ?

そうか、確かお宮参りか何かの祭祀が行われておりまして、写真をぱしゃぱしゃ撮るのは遠慮したのでした。

 

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御朱印

季節によって異なる、とのことですが、今公式HP見たら予約制だって……催事で忙しい中、突然おしかけてしまい申し訳ない……(平成30年12月からはまた変わるようですので、ご確認を)。

 

神社でいただいた由緒書きより。

 

「祭神 市伎島毘賣神・多紀都毘賣神・多紀理毘賣神
相殿 天照皇大神須佐之男神・神日本磐禮彦髪(神武天皇
境内社 稲荷社(略) 恵美須社(略) 天神社(略) 幸神社 祭神 猿田彦
境内社は原爆投下前、廣瀬神社境内に祀られていたが、原子爆弾のために消失し、現在は廣瀬神社本殿に合祀されている。

由緒
天正年間(一五七三〜一五九二)毛利輝元(元就の孫)広島築城の以前に沼田郡広島新開広瀬村に大小の神社があり、大の神社は廣瀬弁財天と称え、小の神社を小森別宮といった。
大の神社は五箇の庄の一である広瀬の庄の総鎮守として氏子の崇敬も篤く、毛利家にいたり、廣瀬市伎島大明神と改められ、社領もつけられる。福島正則入国後に社領は没収されるが、浅野の治世になると廣瀬社の祭礼は厳島神社(住吉さん)祭礼・白島の清正公・尾長の東照宮祭・白神社氏神祭・胡子大祭とならび殷賑をきわめ、広島の主要祭事となった。
享保八年(一七二三)廣瀬大明神と改める。同九年四月神祇官領吉田兼郷から染筆の額を賜る。その時藩主浅野家より銀十枚及び紋章入りの幌幕・提灯などの寄進を受ける。
社地は毛利家在城の時、高田郡吉田町にあった同家菩提寺洞春寺を移し、大部分を寺域としたその跡地であり、そのためここらあたりを洞春寺と呼び、一説に弁財天は同寺の鎮守であったといわれる。
明治五年大明神号が廃止され、廣瀬神社と称するようになり、同年十一月、村社として定められる。それ以前は広島東照宮の御旅所として正徳(一七一一〜一七一六)、明和(一七六四〜一七七二)、文化(一八〇四〜一八一八)年度の式年祭には御神幸があった。当社は古来より、社殿及び境内の広大な神社で、境内には樹齢三百年以上という大樹が森をなし、諸々の社殿が甍を連ねていた。
明治四十年二月一日に、神饌・供進神社として指定され、昭和二十年八月十五日の終戦前までは、廣瀬町・十日市町・天満町・観音町・福島町に至る広島西部一円の氏神として崇敬され、毎年九月十九日(陰暦)の大祭は盛大な賑わいを呈したといわれる。後に例祭日は十月十九日(陽暦)に改められる。現在は十月第三土曜日・日曜日に定められている。(以下略)」

 

……他にもういらない感じですな……。

 

◯こちら===>>>

広島みやげ : 附・安芸の宮島 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑前回も引用した『広島みやげ』という本から(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

21ページです。

 

「廣瀬神社 廣瀬村にあり、市杵島姫命田心姫命湍津姫命を祭る、当社は安芸国一の宮厳島神社の配祀なり、最も古き勧請なりと云へど、創建年間詳かならず、天正年間毛利輝元之を崇敬し、社領五十石を寄附したり、其頃廣瀬市杵島大明神と唱へしを、享保年間廣瀬大明神と改め、明治六年更に今の名に改めたるなり。」

 

なるほど、「厳島神社」を島から勧請したのですね。

その時期はわからない、と……。

 

地域の中でひっそり、という感じが、とても好ましい神社でした。

神職さんに、「また来月も」と言っていただいたのですが、なかなか愛知から毎月は……申し訳ない。

「碇神社」(広島市)〜広島参拝記(補)

(20181124 誤記修正)

 

12/2。

 

◯こちら===>>>

近況〜広島参拝記(その1) - べにーのGinger Booker Club

近況〜広島参拝記(その2) - べにーのGinger Booker Club

近況〜広島参拝記(その3) - べにーのGinger Booker Club


↑一年前は、こんな未来が待っているなんて想像もできなかった、という何かの歌の歌詞のような現実に、寂しさは募りますが……。

どうも、「饒津神社」からグリーンアリーナへ移動する途中に立ち寄ったらしい(曖昧)、「碇神社」

 

◯こちら===>>>

www.hiroshima-navi.or.jp

 

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扁額。

 

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境内全景。

 

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狛犬さん。

 

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社殿右手奥に「丹波稲荷大明神」が。

 

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伝承「碇石」跡……碇の形をしていたわけではなさそうなので、碇をひっかけた……ということは海の底だったのか……ううむ。

 

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ポンプ。

 

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新しいのか、なんとなく南国チックな灯篭。

 

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遠景……いい天気だったなぁ……まさか、こんな一年後が(以下略)。

 

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歴史の散歩道の案内板。

 

「16世紀に広島城が築城される以前から、この地に社があったとされ、19世紀初めに記された「知新集」によれば、築城前のまだこの地が青海原であった頃、ここへ他国船が来て碇をおろしたことから碇神社といわれるようになったと伝えられている。」

 

なるほど……私は船の歴史には詳しくないのですが、どのくらいの時期から碇が使われるようになったのでしょうね……初期からかな……何かしら係留する装置はあったでしょうし、常に港に近づけるわけではないので沖で停泊するのに碇は必要でしょう……。

 

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こちらの案内板では、当時の河口の様子が描かれていますね、わかりやすい。

まあ、今も川の近くにはあるのですが……往時は島だったことがわかります。

 

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参道入口。

 

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由緒書。

 

「祭神 大綿津見神
古くは箱島明神とも称す

一、創建は奈良朝時代初期(約一千二百五十年前)
此の地其の昔海辺なりし頃
当碇神社の社辺に大岩盤在り
太古よりしばしば舟が難破せし為
地と海の神を鎮祭し奉ることに始まる
従って当広島に於ける最古の氏神
考証される

一、天正十七年(一五八九年) 毛利輝元
広島城築城に際し改めて社殿を造営し
社領の寄進を為す
当白島地域の産土神として親しまれ尊崇を集めた

一、昭和二十年八月原爆に依り灰燼に帰す
仮社殿に於て祭祀せしも
昭和四十年春氏子崇敬者の協賛を得て
再建今日に至る」

 

 

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社標。

 

さて。

 

◯こちら===>>>

 備後叢書. 第4巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

『大日本名所図録ー広島県之部』『備後叢書』の第4巻から(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

19ページです。

 

「碇明神 在今府治、古此處海中之一小島、而有小祠、往来之旅客沈碇、繋船於社辺、以祈順風、鉄錨或曰碇、故称此社曰碇明神、未知祭何神也、毛利輝元自移城地於今府治以来、日盛月豊、故民人埋海為家居、今此社在府治東北、去海半里許也、到後世而伝説亦絶、則碇之称号、恐有怪之者乎、嗚呼陵谷変遷、今親見之、滄海為桑田、亦非可疑者也。」

 

上の由緒書をあわせたような内容ですね。

ただ、御祭神はよくわからない、と……碇の神様、というのは聞いたことがありませんからね。

何やら怪しげなものがいたのか、怪しげなことが起こったのか、船幽霊的なものでも出たのか……ちょっと面白そうだ。

 

◯こちら===>>>

広島みやげ : 附・安芸の宮島 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

『広島みやげ』という本からも引用を。

18ページです。

 

「碇神社 西白島九軒町に在り、境内二百六十餘坪、祭神は大少童命なり。毛利輝元此地に築城すると決するや、海湾を埋むる宏大なるを以て、海神の怒りあらんを虞れ、此に祈願を籠めたる處なりと、築城成るや社領五百石を寄付して神恩を謝したりといふ。」

 

こちらは、由緒書ほぼそのままでしょうか。

伝承を探ってみたいところですが、郷土史家のみなさんにお任せします……はい。

というわけで、広島参拝記(補)でございます〜。

近況〜「三輪神社」(名古屋市)とか

ネットの調子が悪いので、記事が消えた……というわけで、本記事は順調に周回遅れですが、それはともかくの近況を。

八月。

 

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「三輪神社」御朱印

キツネさん鬼灯が可愛い。

 

九月。

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お久しぶりの「若宮八幡社」。

朔日参りの限定御朱印、だそうです。

 

◯こちら===>>>

「若宮八幡社」 - べにーのGinger Booker Club

「若宮八幡社」(再)(名古屋市中区) - べにーのGinger Booker Club

 

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「三輪神社」御朱印

5代目はピンクちゃん。

 

十月。

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「三輪神社」御朱印

 

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埼玉の「闇のカ〜ニバル〜に〜」出かけてきたので、大宮の「氷川神社」へ。

 

◯こちら===>>>

「氷川神社」 - べにーのGinger Booker Club

 

↑まだ引用とかしていない頃ですね……『新編武蔵風土記稿』くらいは引いてみようか……時間がない……。

 

という感じで、近くの神社、遠出したときはできるだけその土地の神社を巡っております。