べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「廣瀬神社」(広島市)〜広島参拝記(補)

12/3。

三姫のために、三女神の島へ参拝に行った帰りに、まだグリーンアリーナに行くには早すぎたので、「廣瀬神社」へ行ってみました。

 

◯こちら===>>>

www.hirosejinjya.jp

 

f:id:bennybebad:20171203114514j:plain

f:id:bennybebad:20171203114522j:plain

絶賛、七五三。

 

f:id:bennybebad:20171203114547j:plain

f:id:bennybebad:20171203114557j:plain

f:id:bennybebad:20171203114608j:plain

f:id:bennybebad:20171203114617j:plain

狛犬さん。

勇壮だ……。

 

f:id:bennybebad:20171203114626j:plain

きのこチックな石灯籠。

 

f:id:bennybebad:20171203114631j:plain

参道。

 

f:id:bennybebad:20171203114642j:plain

f:id:bennybebad:20171203114650j:plain

再びの狛犬さん。

広島は、球に足をかけている狛犬さんが多いですね。

 

f:id:bennybebad:20171203114848j:plain

f:id:bennybebad:20171203114858j:plain

三度の狛犬さん。

ほら。

 

f:id:bennybebad:20171203114918j:plain

f:id:bennybebad:20171203114931j:plain

四度の狛犬さん……普通だった……。

 

f:id:bennybebad:20171203120418j:plain

参道。

 

 

 

……あれ?

そうか、確かお宮参りか何かの祭祀が行われておりまして、写真をぱしゃぱしゃ撮るのは遠慮したのでした。

 

f:id:bennybebad:20171205222929j:plain

御朱印

季節によって異なる、とのことですが、今公式HP見たら予約制だって……催事で忙しい中、突然おしかけてしまい申し訳ない……(平成30年12月からはまた変わるようですので、ご確認を)。

 

神社でいただいた由緒書きより。

 

「祭神 市伎島毘賣神・多紀都毘賣神・多紀理毘賣神
相殿 天照皇大神須佐之男神・神日本磐禮彦髪(神武天皇
境内社 稲荷社(略) 恵美須社(略) 天神社(略) 幸神社 祭神 猿田彦
境内社は原爆投下前、廣瀬神社境内に祀られていたが、原子爆弾のために消失し、現在は廣瀬神社本殿に合祀されている。

由緒
天正年間(一五七三〜一五九二)毛利輝元(元就の孫)広島築城の以前に沼田郡広島新開広瀬村に大小の神社があり、大の神社は廣瀬弁財天と称え、小の神社を小森別宮といった。
大の神社は五箇の庄の一である広瀬の庄の総鎮守として氏子の崇敬も篤く、毛利家にいたり、廣瀬市伎島大明神と改められ、社領もつけられる。福島正則入国後に社領は没収されるが、浅野の治世になると廣瀬社の祭礼は厳島神社(住吉さん)祭礼・白島の清正公・尾長の東照宮祭・白神社氏神祭・胡子大祭とならび殷賑をきわめ、広島の主要祭事となった。
享保八年(一七二三)廣瀬大明神と改める。同九年四月神祇官領吉田兼郷から染筆の額を賜る。その時藩主浅野家より銀十枚及び紋章入りの幌幕・提灯などの寄進を受ける。
社地は毛利家在城の時、高田郡吉田町にあった同家菩提寺洞春寺を移し、大部分を寺域としたその跡地であり、そのためここらあたりを洞春寺と呼び、一説に弁財天は同寺の鎮守であったといわれる。
明治五年大明神号が廃止され、廣瀬神社と称するようになり、同年十一月、村社として定められる。それ以前は広島東照宮の御旅所として正徳(一七一一〜一七一六)、明和(一七六四〜一七七二)、文化(一八〇四〜一八一八)年度の式年祭には御神幸があった。当社は古来より、社殿及び境内の広大な神社で、境内には樹齢三百年以上という大樹が森をなし、諸々の社殿が甍を連ねていた。
明治四十年二月一日に、神饌・供進神社として指定され、昭和二十年八月十五日の終戦前までは、廣瀬町・十日市町・天満町・観音町・福島町に至る広島西部一円の氏神として崇敬され、毎年九月十九日(陰暦)の大祭は盛大な賑わいを呈したといわれる。後に例祭日は十月十九日(陽暦)に改められる。現在は十月第三土曜日・日曜日に定められている。(以下略)」

 

……他にもういらない感じですな……。

 

◯こちら===>>>

広島みやげ : 附・安芸の宮島 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑前回も引用した『広島みやげ』という本から(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

21ページです。

 

「廣瀬神社 廣瀬村にあり、市杵島姫命田心姫命湍津姫命を祭る、当社は安芸国一の宮厳島神社の配祀なり、最も古き勧請なりと云へど、創建年間詳かならず、天正年間毛利輝元之を崇敬し、社領五十石を寄附したり、其頃廣瀬市杵島大明神と唱へしを、享保年間廣瀬大明神と改め、明治六年更に今の名に改めたるなり。」

 

なるほど、「厳島神社」を島から勧請したのですね。

その時期はわからない、と……。

 

地域の中でひっそり、という感じが、とても好ましい神社でした。

神職さんに、「また来月も」と言っていただいたのですが、なかなか愛知から毎月は……申し訳ない。

「碇神社」(広島市)〜広島参拝記(補)

12/2。

 

◯こちら===>>>

近況〜広島参拝記(その1) - べにーのGinger Booker Club

近況〜広島参拝記(その2) - べにーのGinger Booker Club

近況〜広島参拝記(その3) - べにーのGinger Booker Club


↑一年前は、こんな未来が待っているなんて想像もできなかった、という何かの歌の歌詞のような現実に、寂しさは募りますが……。

どうも、「饒津神社」からグリーンアリーナへ移動する途中に立ち寄ったらしい(曖昧)、「碇神社」

 

◯こちら===>>>

www.hiroshima-navi.or.jp

 

f:id:bennybebad:20171202130557j:plain

扁額。

 

f:id:bennybebad:20171202130612j:plain

境内全景。

 

f:id:bennybebad:20171202130622j:plain

f:id:bennybebad:20171202130651j:plain

f:id:bennybebad:20171202130700j:plain

狛犬さん。

 

f:id:bennybebad:20171202130804j:plain

社殿右手奥に「丹波稲荷大明神」が。

 

f:id:bennybebad:20171202130820j:plain

伝承「碇石」跡……碇の形をしていたわけではなさそうなので、碇をひっかけた……ということは海の底だったのか……ううむ。

 

f:id:bennybebad:20171202130832j:plain

ポンプ。

 

f:id:bennybebad:20171202130850j:plain

新しいのか、なんとなく南国チックな灯篭。

 

f:id:bennybebad:20171202130913j:plain

遠景……いい天気だったなぁ……まさか、こんな一年後が(以下略)。

 

f:id:bennybebad:20171202130924j:plain

歴史の散歩道の案内板。

 

「16世紀に広島城が築城される以前から、この地に社があったとされ、19世紀初めに記された「知新集」によれば、築城前のまだこの地が青海原であった頃、ここへ他国船が来て碇をおろしたことから碇神社といわれるようになったと伝えられている。」

 

なるほど……私は船の歴史には詳しくないのですが、どのくらいの時期から碇が使われるようになったのでしょうね……初期からかな……何かしら係留する装置はあったでしょうし、常に港に近づけるわけではないので沖で停泊するのに碇は必要でしょう……。

 

f:id:bennybebad:20171202130940j:plain

こちらの案内板では、当時の河口の様子が描かれていますね、わかりやすい。

まあ、今も川の近くにはあるのですが……往時は島だったことがわかります。

 

f:id:bennybebad:20171202131021j:plain

参道入口。

 

f:id:bennybebad:20171202131031j:plain

由緒書。

 

「祭神 大綿津見神
古くは箱島明神とも称す

一、創建は奈良朝時代初期(約一千二百五十年前)
此の地其の昔海辺なりし頃
当碇神社の社辺に大岩盤在り
太古よりしばしば舟が難破せし為
地と海の神を鎮祭し奉ることに始まる
従って当広島に於ける最古の氏神
考証される

一、天正十七年(一五八九年) 毛利輝元
広島城築城に際し改めて社殿を造営し
社領の寄進を為す
当白島地域の産土神として親しまれ尊崇を集めた

一、昭和二十年八月原爆に依り灰燼に帰す
仮社殿に於て祭祀せしも
昭和四十年春氏子崇敬者の協賛を得て
再建今日に至る」

 

 

f:id:bennybebad:20171202131040j:plain

社標。

 

さて。

 

◯こちら===>>>

大日本名所図録. 広島県之部 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

『大日本名所図録ー広島県之部』という本から(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

19ページです。

 

「碇明神 在今府治、古此處海中之一小島、而有小祠、往来之旅客沈碇、繋船於社辺、以祈順風、鉄錨或曰碇、故称此社曰碇明神、未知祭何神也、毛利輝元自移城地於今府治以来、日盛月豊、故民人埋海為家居、今此社在府治東北、去海半里許也、到後世而伝説亦絶、則碇之称号、恐有怪之者乎、嗚呼陵谷変遷、今親見之、滄海為桑田、亦非可疑者也。」

 

上の由緒書をあわせたような内容ですね。

ただ、御祭神はよくわからない、と……碇の神様、というのは聞いたことがありませんからね。

何やら怪しげなものがいたのか、怪しげなことが起こったのか、船幽霊的なものでも出たのか……ちょっと面白そうだ。

 

◯こちら===>>>

広島みやげ : 附・安芸の宮島 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

『広島みやげ』という本からも引用を。

18ページです。

 

「碇神社 西白島九軒町に在り、境内二百六十餘坪、祭神は大少童命なり。毛利輝元此地に築城すると決するや、海湾を埋むる宏大なるを以て、海神の怒りあらんを虞れ、此に祈願を籠めたる處なりと、築城成るや社領五百石を寄付して神恩を謝したりといふ。」

 

こちらは、由緒書ほぼそのままでしょうか。

伝承を探ってみたいところですが、郷土史家のみなさんにお任せします……はい。

というわけで、広島参拝記(補)でございます〜。

近況〜「三輪神社」(名古屋市)とか

ネットの調子が悪いので、記事が消えた……というわけで、本記事は順調に周回遅れですが、それはともかくの近況を。

八月。

 

f:id:bennybebad:20180811204549j:plain

f:id:bennybebad:20180811204554j:plain

f:id:bennybebad:20180811204610j:plain

f:id:bennybebad:20180811204615j:plain

f:id:bennybebad:20180811204637j:plain

f:id:bennybebad:20180811204704j:plain

「三輪神社」御朱印

キツネさん鬼灯が可愛い。

 

九月。

f:id:bennybebad:20180901104950j:plain

f:id:bennybebad:20180901105012j:plain

f:id:bennybebad:20180901105020j:plain

f:id:bennybebad:20180901105232j:plain

f:id:bennybebad:20180901105236j:plain

f:id:bennybebad:20180901105336j:plain

f:id:bennybebad:20180901105331j:plain

f:id:bennybebad:20180901105447j:plain

f:id:bennybebad:20180901105502j:plain

f:id:bennybebad:20180901105517j:plain

f:id:bennybebad:20180901105540j:plain

f:id:bennybebad:20180901105624j:plain

f:id:bennybebad:20180901105630j:plain

f:id:bennybebad:20180901110503j:plain

f:id:bennybebad:20180901110452j:plain

f:id:bennybebad:20180901110532j:plain

f:id:bennybebad:20180901110543j:plain

f:id:bennybebad:20180901231634j:plain

お久しぶりの「若宮八幡社」。

朔日参りの限定御朱印、だそうです。

 

◯こちら===>>>

「若宮八幡社」 - べにーのGinger Booker Club

「若宮八幡社」(再)(名古屋市中区) - べにーのGinger Booker Club

 

f:id:bennybebad:20180915084221j:plain

f:id:bennybebad:20180915084351j:plain

f:id:bennybebad:20180915090301j:plain

f:id:bennybebad:20180915190526j:plain

f:id:bennybebad:20180915190538j:plain

f:id:bennybebad:20180915190548j:plain

f:id:bennybebad:20180915190558j:plain

f:id:bennybebad:20180915190625j:plain

f:id:bennybebad:20180915190841j:plain

「三輪神社」御朱印

5代目はピンクちゃん。

 

十月。

f:id:bennybebad:20181008103900j:plain

f:id:bennybebad:20181008103719j:plain

f:id:bennybebad:20181008104708j:plain

f:id:bennybebad:20181008104720j:plain

f:id:bennybebad:20181008230929j:plain

f:id:bennybebad:20181008230940j:plain

f:id:bennybebad:20181008230958j:plain

f:id:bennybebad:20181008231013j:plain

f:id:bennybebad:20181008231111j:plain

f:id:bennybebad:20181008231136j:plain

「三輪神社」御朱印

 

f:id:bennybebad:20181029094216j:plain

f:id:bennybebad:20181029094316j:plain

f:id:bennybebad:20181029094323j:plain

f:id:bennybebad:20181029094353j:plain

f:id:bennybebad:20181029094341j:plain

f:id:bennybebad:20181029094404j:plain

f:id:bennybebad:20181029094735j:plain

f:id:bennybebad:20181029094749j:plain

f:id:bennybebad:20181029094951j:plain

f:id:bennybebad:20181029095106j:plain

f:id:bennybebad:20181029095140j:plain

f:id:bennybebad:20181029095842j:plain

f:id:bennybebad:20181029095811j:plain

f:id:bennybebad:20181029100430j:plain

f:id:bennybebad:20181029100031j:plain

f:id:bennybebad:20181029100437j:plain

f:id:bennybebad:20181029100515j:plain

f:id:bennybebad:20181029100528j:plain

f:id:bennybebad:20181029184755j:plain

埼玉の「闇のカ〜ニバル〜に〜」出かけてきたので、大宮の「氷川神社」へ。

 

◯こちら===>>>

「氷川神社」 - べにーのGinger Booker Club

 

↑まだ引用とかしていない頃ですね……『新編武蔵風土記稿』くらいは引いてみようか……時間がない……。

 

という感じで、近くの神社、遠出したときはできるだけその土地の神社を巡っております。

「大宮浅間神社(尾張富士)」(補)

さて。

 

◯こちら===>>>

大日本名所図会. 第1輯第10編尾張名所図会 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

尾張名所図会』から久々のちゃんとした引用です(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

377ページ。

 

「富士浅間社 尾張富士の峯にあり。本社祭神木花開耶姫命。左右に金剛界社・胎蔵界社等あり。又其下に駿州富士八葉に擬へ、熊野社・神明社・三島社・鹿島社・日吉社・白山社・伊豆社等を祭る。夫より麓まで末社数祠ありて、釜岩社・日神社・中宮社・八幡社・三輪社・山王社・弁財天社等あり。此餘古跡多し。図上に就いて見るべし。
大宮社。富士の麓にあり。俗に富士新宮といふ。
例祭 四月初申日・六月朔日・九月十五日・十一月初申日なり。其内六月朔日は殊に大祭にて、五月晦日の夜より、山上山下に大篝を夥しくたき、貴賎の群参、山も崩るるばかりなり。此火遠望には殊に花やかに見えて、如意ヶ嶽の大文字に彷彿たり。翌朔日には別当修験等出坐し、読経・護摩執行あり。終りて近郷より馬を献ず。又当社に左鎌を奉納して祈願をかくる事あり。いかなる故をしらず。
別当大嚴院 長来山富光山と號し、真言宗、犬山薬師寺末。当院は天平年中行基菩薩の開基なるよしいひつたへたり。本尊薬師の木像。
修験 常昌院・宝蔵院・泉正院・千手院・金蔵院の五坊あり。いにしへは十二坊もありしよし。今も悉く旧地残れり。」

 

というわけで、372ページには図絵もありますので、ご参考に。

尾張富士」という山の、麓から頂上に至るまで、小さな社が並んでいるのがわかります。

上記に、「大宮社」とあるのが、現在の社殿の場所なのか……「弁天池」というのも図絵の中にありまして、周囲の雰囲気的にはそこは、今回写真に撮った「弁天」様のところかな、と思うのですが、そこから上は末社が並んでいて、「本社」が頂上……頂上までは登ってないんですよね……さて、どうなのか、と。

金剛界社」「胎蔵界社」という謎の社が、真言宗ですよね……今まで聞いたことなかったです。

一応、「尾張富士」についても引用しておきましょうか。

 

尾張富士 富士村にあり。本宮山に対して、俗に小富士ともいへり。孤峯最高く、遠くは駿河の士峯を望み、近くは入鹿の大池を見下し、尾・三・濃・信の連山一眸につきて、風光無双の佳境なり。凡擬富士は諸国にありといへども、皆其形によりて名付けたるを、此尾張富士のみはさに非ず。むかし近江土を駿河に運びて、湖と富士山を造り給ひし時、擔夫の神此地にて一簣を覆し給ひしが、則此山となりしよしいひ伝へたれば、彼駿河の山と同じ土石なりとぞ。近世高田興清が著はしし[国鎮記]といふものに、駿河の富士山をはじめ、諸国の擬富士を挙げたり。そは陸奥富士・薩摩富士・都富士・有馬富士・伊豆富士・八丈富士・近江富士・南部富士・筑紫富士・豊後富士・鎌倉小富士・播磨富士・讃岐富士・安芸小富士志津川富士等を出せるに、此尾張富士はいかがして書き洩しけむ。」

 

ええと、わかりづらいのですが、犬山の「大縣神社」ですね、

 

◯こちら===>>>

「大縣神社」 - べにーのGinger Booker Club

「大縣神社」「田縣神社」(再) - べにーのGinger Booker Club

 

あのあたりにあるのが「本宮山」というのですが、そっちを「大富士」と呼んでいて、それに対して「尾張富士」が「小富士」……なんか、判然としませんけれどもね……。

どうやら、富士山と琵琶湖を作った神……ていうかデイダラボッチですけどね大抵は……が落っことした、土を運ぶための道具が「尾張富士」になったので、富士山と同じ土砂でできている……と。

その割に、『国鎮記』という本では取り上げられていない……ということは、この「富士山=尾張富士同土砂製説」がほとんど知られていなかったというわけですね……いえ、その本もどのくらい調べられて書かれたのかわからないのですが、結構な数のご当地富士が載っているのに……デイダラボッチの造山伝説自体も、どの時代にどの程度知られていたのかがよくわかりませんけれども、それに絡めた言い伝えが本当にこの地方に伝えられていたのでしょうか。

私は聞いたことがないんですけども……。

 

◯こちら===>>>

天下の奇祭尾張富士の石上祭と其の伝説 - 国立国会図書館デジタルコレクション

↑『天下の奇祭尾張富士の石上祭と其の伝説』(昭和9年の発行です)という、まんまな本がありまして。
その22ページに、略記が書いてあります。

 

尾張富士大宮浅間神社略記
一、御祭神 天照大御神 木花開耶姫命
(略)
一、由緒 天平元年邇波縣主道直公の勧請にかかり古来御霊験著しく織田信長豊臣秀吉公等武将の信仰厚く種々神宝を寄進せらる
毎年旧五月晦日、六月朔日にかけて天下の奇祭「火祭及石上祭」が行はれ数十万の参詣社ありて雑踏を極む頂上に数百貫の献石累々たり
(略)
子供の神様として崇敬篤く子女成育の庇護を得んとして預子となし虫封祈祷を請ふもの多し毎々不思議なる御霊徳に預るもの夥し常に賽者の絶ゆることなく神威赫々たり
左鎌は一名虫切鎌とも称し由緒ある神鎌にして小児の虫封魔除の御守なり(以下略)」

 

「左鎌」が気になるところですが……(この辺りだと、「南宮大社」、「猿投神社」で見られましたか……

 

◯こちら===>>>

「南宮大社」 - べにーのGinger Booker Club

「南宮大社」(再)(岐阜県不破郡) - べにーのGinger Booker Club

「南宮大社」(補) - べにーのGinger Booker Club

「猿投神社」 - べにーのGinger Booker Club

「猿投神社」(妄) - べにーのGinger Booker Club

「猿投神社」(妄)その2 - べにーのGinger Booker Club

「猿投神社」(再)(豊田市)〜高速初詣その3 - べにーのGinger Booker Club

 

その辺りのラインの関係性を考えると面白いのか、特に古い由来もないものなのか……祭り関係は、江戸時代に始まっているものも多いので、よくわからないのですよね……)。

「石上祭」というものがどんなものかといいますと、『天下の奇祭尾張富士の石上祭と其の伝説』から要約しまして、

 

「・昔々、犬山の字五郎丸というところに、八百比丘尼が住んでいた。
・ある夜、尾張富士の御祭神木花開耶姫命が、比丘尼の夢枕に立ち、「隣の本宮山より背が低いのが残念なので、小石を一つでも頂上に上げてくれれば、願いを叶える」とおっしゃった。
比丘尼が里人に伝えると、みんな喜んで石を上げ、願いが叶った。
・その日が六月朔日だったので、祭日となった。」

 

というものです。

まあ、なんでしょう……そもそも「木花開耶姫命」の御神体山は富士山で、日本において他に並ぶものなしなわけですから、「本宮山」に負けていたところでどうなのか……という感じがします。

「山の背比べ伝説」というのは、いろいろなところにあり、元々は土着の信仰だったのでしょうが、神名などが書き換えられていったのだと思われます(神仏分離以後に多いんじゃないでしょうか……)。

あ、「左鎌」についても、17ページに書かれています。

 

「此の由来即ち左り鎌の縁起は、昔弘仁年間即ち今から一千百年程以前に、お山のお守役に権太夫なる人がありました、お山に金明水と、銀明水の浄水を設けんとして二つの井戸を発掘いたしましたる所、金明水から一丁の左り鎌が現はれたのであります、権太夫は非常に驚いて此の地は其の昔盤城の地である、これぞ正しく御祭神木花咲耶姫命が土賊を刈りたまゐし、御由緒ある御神宝ならんと直ちに御祭り致したのであります。」

 

……うん、なんでしょう、「金の斧と銀の斧」の匂いがしますよね……。

そもそも、「木花開耶姫命」が土賊を刈るって……伝承上は九州で亡くなってますけれども……。

一応、尾張美濃(場合によって諏訪辺り)に見られる、「風除けの鎌」の呪いとの関わりが何かあるのか、と触れられています。

「魔風を切る」のですけれども(諏訪だと「薙鎌」……だったかな)、もしこれが古代から続いていれば、おそらく「鉄の鎌」であることに意味があるので(切れ味的に)、ということは製鉄氏族のライン、というのがまた浮かび上がってきましてですね……で、昔からあった風習、捧げられた鎌を権太夫という人が井戸から見つけた、という可能性はないこともないとは思いますが……ちょっと、いろいろ盛りすぎている感じがします。

で、「火祭」と「石上祭」ってセットになっているのですが、何故か江戸末期の『尾張名所図会』には、「石上祭」のことは書かれておらず、普通に護摩を焚いたりお経をあげたり……これもまた、地元の人に秘された祭りだったのか……あるいは実は歴史が新しいのか……ひょっとすると、「神事」とは認められていない「風習」だったのかもしれません(が、当時のガイドブックである『名所図会』が、そんなネタを無視することもあるまいと思います……ううむ……)。

ちらっと調べてみただけで、面白い話が満載の犬山ですので、ちゃんと犬山の伝説なんかを当たってみたいものです。

特に結論はありませんので〜。

「大宮浅間神社(尾張富士)」(犬山市)(※おまけ「寂光院」の紅葉)

11/11。

とりあえず、紅葉を求めて「寂光院」へ。

 

◯こちら===>>>

「継鹿尾山寂光院」(犬山市) - べにーのGinger Booker Club

 

↑以前の記事です。

 

f:id:bennybebad:20171111100610j:plain

曇り、残念。

 

f:id:bennybebad:20171111101316j:plain

かと思えば、少し晴れている。

 

f:id:bennybebad:20171111101430j:plain

扁額。

 

f:id:bennybebad:20171111101621j:plain

本堂前。

 

f:id:bennybebad:20171111101703j:plain

随求堂から……だったと思います。

 

f:id:bennybebad:20171111101828j:plain

……うん、紅葉の時期に早かったのか、遅かったのか、もう記憶がないです。

 

f:id:bennybebad:20171111101949j:plain

多分遅かったんだな……。

 

f:id:bennybebad:20171111101959j:plain

本堂。

 

f:id:bennybebad:20171111102041j:plain

紅葉、ちょっと晴れた。

 

f:id:bennybebad:20171111102246j:plain

紅葉。

 

f:id:bennybebad:20171111102123j:plain

紅葉、また曇る。

 

f:id:bennybebad:20171111102316j:plain

本堂。

 

f:id:bennybebad:20171111102331j:plain

本堂。

 

f:id:bennybebad:20171111102623j:plain

弁天堂から。

 

f:id:bennybebad:20171111102659j:plain

紅葉。
露出のコントロールがね……(まあ、iPhoneですし)。

 

f:id:bennybebad:20171111104202j:plain

紅葉。

 

f:id:bennybebad:20171111104441j:plain

紅葉。

 

f:id:bennybebad:20171111104602j:plain

こんちまた埋まっておられますな……。

 

f:id:bennybebad:20171111104457j:plain

f:id:bennybebad:20171111104626j:plain

という感じでした。

 

f:id:bennybebad:20171111191842j:plain

f:id:bennybebad:20171111191900j:plain

f:id:bennybebad:20171111191913j:plain

御朱印

 

で、そこから「大宮浅間神社へ移動。

 

◯こちら===>>>

尾張冨士大宮浅間神社 « 犬山観光情報

 

観光協会のHPですが。

場所としては、「博物館明治村」のすぐ近くで、「明治村」の裏の方から出てくると、ちょうどこの神社の脇を通る感じになります。

 

f:id:bennybebad:20171111111258j:plain

社標。

 

f:id:bennybebad:20171111111347j:plain

緩い斜面を登ると。

 

f:id:bennybebad:20171111111405j:plain

再び社標。

 

f:id:bennybebad:20171111111501j:plain

「弁財天」をお祭りした社。

島です、はい。

紅葉が美しい……がやや暗いか。

 

f:id:bennybebad:20171111111514j:plain

こちらも鮮やかな紅葉。

 

f:id:bennybebad:20171111111528j:plain

うーむ、もうちょっと池が澄んでいたら、反射が美しかったかも……。

 

f:id:bennybebad:20171111111552j:plain

蛙さん。

 

f:id:bennybebad:20171111111603j:plain

……弁天さまばっかですな……。

 

f:id:bennybebad:20171111111630j:plain

愛知県の新十名所に選ばれたようです。

隣のは、献石(いしあげ)のための石、です。

尾張の子供なら、大抵知っているだろう、「尾張富士と本宮山の高さ比べ」、というやつですね(後で書くかもです)。

 

f:id:bennybebad:20171111111722j:plain

「句碑のみち」。

 

f:id:bennybebad:20171111111727j:plain

句碑。

 

f:id:bennybebad:20171111111733j:plain

手水舎。

 

f:id:bennybebad:20171111111859j:plain

拝殿。

杮かな……銅との組み合わせは珍しいのかも。

 

f:id:bennybebad:20171111111919j:plain

拝殿……あれ、幣殿かな。

尾張造かもしれないです。

 

f:id:bennybebad:20171111111950j:plain

f:id:bennybebad:20171111112022j:plain

手前はえんむすびの松、だそうです。

 

f:id:bennybebad:20171111112039j:plain

f:id:bennybebad:20171111112046j:plain

f:id:bennybebad:20171111112101j:plain

f:id:bennybebad:20171111112120j:plain

f:id:bennybebad:20171111112131j:plain

f:id:bennybebad:20171111112143j:plain

f:id:bennybebad:20171111112150j:plain

狛犬さん。

比較的新しいようですが、しっかりした意匠です。

曇った……。

 

f:id:bennybebad:20171111112155j:plain

御祭神は「木花開耶姫命」と「天照大御神」。

 

f:id:bennybebad:20171111112208j:plain

社殿遠景。

 

f:id:bennybebad:20171111112224j:plain

こちら、石上げを行うところ、だったと思います。

 

f:id:bennybebad:20171111112744j:plain

参道遠景。

社殿の位置関係が今ひとつわかりませんね……申し訳ない。

 

f:id:bennybebad:20171111192004j:plain

御朱印

 

引用などはまた〜。

「北野天神社」(江南市)(※おまけで「洲崎神社」(名古屋市中区))

さて。

せっかく周回遅れを逃れられそうだったのですが、諸々の事情で更新が遅れております……。

11/3(まだ2017年の、です)。

江南市をちょっとぶらぶらの旅をしておりまして、駅の近くの「北野天神社」にたどり着きました〜。

 

◯こちら===>>>

www.konan-kankou.jp

 

f:id:bennybebad:20171103104452j:plain

社標より、筆のオブジェが目立っている、という。

 

f:id:bennybebad:20171103104502j:plain

参道入り口。

 

f:id:bennybebad:20171103104512j:plain

おっと、定書が石に刻まれていて、ちょっと珍し。

 

f:id:bennybebad:20171103104523j:plain

思いの外参道が長い……。

 

f:id:bennybebad:20171103104547j:plain

太鼓橋は、渡ること能わず、でした。

 

f:id:bennybebad:20171103104602j:plain

右手の鳥居は、先ほどのとは別です。

蕃塀があります。

 

f:id:bennybebad:20171103104611j:plain

ほいっと。

ああ、やはり百度石は蕃塀の手前にあることが多いのですか……まあ、参道入り口まで戻ってのお百度は大変だろうから……でもそれでいいのでしょうか……まあいいか。

 

f:id:bennybebad:20171103104740j:plain

拝殿正面。

狛筆……?

あ、小さい牛さんもいる。

 

 

f:id:bennybebad:20171103104812j:plain

「北野天神社の由緒
(略)この北野天神は、菅公が流されたので、子が難を逃れて各地に散住し、一人がこの地に住つき、后年祖先(菅公)まつりし、地名を由縁の北野と名づけたのが起りといわれています、延㐂三年二月廿五日昇神されたので、月の廿五日は、天神さんの日として言伝へられたのであります。(略)」

 

略した部分は、「菅原道真」公の略記と、「天神様」のご加護について、でしたので。

「延㐂」って「延喜」のことだと思うのですが……違ったりして。

 

f:id:bennybebad:20171103104841j:plain

拝殿向かって右手より。

牛さん発見。

 

f:id:bennybebad:20171103104852j:plain

ずずい、と近づいてみました。

瓦葺き、新しい社殿ですね。

 

f:id:bennybebad:20171103104940j:plain

これは多分、裏手に回る途中で見えた本殿だと思います。

銅葺きで、赤銅色は珍しい……あ、銅じゃないですね多分。

 

f:id:bennybebad:20171103104953j:plain

おっと、珍しく「二宮金次郎」さん……まあ、「天神様」にはふさわしいといいますか。

 

f:id:bennybebad:20171103105008j:plain

「願かけ牛之宮」、という、確か牛さんがいらっしゃったような……違ったかな……先客がお見えになったのでスルーしました(……と思い込んでいましたが、写真を見ると誰もいなさそうですね……謎)

 

f:id:bennybebad:20171103105019j:plain

灯篭。

 

f:id:bennybebad:20171103105038j:plain

f:id:bennybebad:20171103105044j:plain

鳥居、の一部。

 

「鳥居の謂
この旧鳥居は、稲木庄北野村庄屋堀尾為右衛門と惣氏子中の寄進願いにより、尾張藩御抱犬山御石工縣半右衛門により享和元年酉九月吉日(一八〇一年)に建造されたものであり、ここに一部を永久保存し、北野天神社の社宝となす。
(略)
北野天神社創建 承應二年(一六五四年)」

 

f:id:bennybebad:20171103105222j:plain

向かって左手、社務所の前辺りからの拝殿、本殿。

 

f:id:bennybebad:20171103105257j:plain

日光が……氏神、とか明神、太神といった言葉が見られますので、小祠だったのかな、と(神仏分離か戦後に集めたのだと思われます)。

 

f:id:bennybebad:20171103105313j:plain

岩。

 

「岩の謂
この岩は以前郷裏の畠中にあったもので惜昔は其処に寺があってその門先の岩だと云われ附近を岩石と呼びその岩にお詣りするとおこりが落ると敬まわれ草鞋やローソクがたへず供へられていた岩で当地の区画整理(昭和十年)の折、道路にかかり境内に移されたものである。」

 

岩がおこりを落とすと……で、ローソクはまだしも草鞋ってことは、足の神様なんでしょうかね……そもそもいつの頃なのかがわからないので、なんとも言えません。

 

f:id:bennybebad:20171103105338j:plain

f:id:bennybebad:20171103105331j:plain

おっと、天神筆のオブジェの裏には、「東風吹かば……」です。

 

なんだか中途半端な感じですが……以上です。

 

f:id:bennybebad:20171103201830j:plain

御朱印

 

さて。

 

◯こちら===>>>

尾張国地名考 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑一応、『尾張国地名考』を引いてみます(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

138コマの丹羽郡のところに「北野村」があるのですが、「春日井郡に同名あり」となっているので、106コマのそちらを。

 

下之郷村 支村一 野田
中之郷村 知多郡に同名あり
北野村 丹羽郡に同名あり

【瀧川弘美曰】此三ヶ村並であり北野は北の郷の間違なるべし是もとは一郷にして疑らくは地名を失ひたるものなるべし
北野村に菅原天神の宮あり 【正生考】総て今北野或は天満などいへる村々に菅原天神を祭らぬ所なし 是は地名によりて後世菅神を斎奉りしものなるべし 後世鎌倉以来の流行事なるべし」

 

……うん、まあ、なんでしょう、「神様が先か、地名が先か」って話で……。

日本でも有数の大人気流行神、もはや定着してしまったので流行神だったことすら忘れられた、「菅原道真」公。

浄瑠璃の演目『菅原伝授手習鑑』にもなっています。

史実の部分と、伝説の部分(公の祟りにより仇敵が死んだ云々)がいい感じでミックスされて、日本人の判官贔屓に見事にマッチした、ということでしょうか。

うーむ、「太宰府天満宮」も「北野天満宮」も行ったことないんですよねそういえば……。

「菅原道眞」公自身についてもよく知らないな……勉強せねば……。

 

というわけで、ちょっと江南市をぶらぶらしてみました〜。

 

※おまけ。

名古屋市大須の「三輪神社」に出かけたのですが、久々に「洲崎神社」にもご参拝。

f:id:bennybebad:20171103141327j:plain

f:id:bennybebad:20171103141305j:plain

f:id:bennybebad:20171103141238j:plain

 

f:id:bennybebad:20171103201913j:plain


 

 

 

 

「白山社」(江南市尾崎町)

11/3。

さて、「石作神社神明宮」の参拝を終え、江南駅まで歩く途中で見つけた「白山社」。

 

f:id:bennybebad:20171103103415j:plain

村社か……何を見ればいいのかな……。

 

f:id:bennybebad:20171103103433j:plain

鳥居と蕃塀。

 

f:id:bennybebad:20171103103441j:plain

あれ、そういえば狛犬さんがおらなんだな……。

社標と思わせて百度石。

 

f:id:bennybebad:20171103103451j:plain

彫りは甘いですが、凝って作ってあると思います。

 

f:id:bennybebad:20171103103458j:plain

手水舎。

 

f:id:bennybebad:20171103103538j:plain

拝殿。

やはり尾張造っぽいのかな……。

 

f:id:bennybebad:20171103103601j:plain

本殿左手の「秋葉社」。

あ、裏手には公園があったと思います。

 

f:id:bennybebad:20171103103608j:plain

本殿左手から。

 

f:id:bennybebad:20171103103624j:plain

ここで拝殿を振り返って賽銭箱を見てみると……「神さまは見ている!」。

このアングルの賽銭箱もなかなか見ませんけれども、こんなことが書かれていたとは……多いんでしょうか賽銭泥棒。

 

f:id:bennybebad:20171103103700j:plain

本殿右手の@「神明社」。

 

f:id:bennybebad:20171103103706j:plain

本殿右手から。

 

f:id:bennybebad:20171103103718j:plain

境内右手にあるお稲荷さん。

 

f:id:bennybebad:20171103103749j:plain

やはり結構しっかり作ってある。

 

f:id:bennybebad:20171103103840j:plain

おキツネさま。

 

f:id:bennybebad:20171103103912j:plain

で、こちらが謎……お稲荷さんの参道から隠すような感じであったのですが……なんだろう……。

 

地域の神社、という感じが素敵。

ちょっと写真じゃわかりづらいのですが、駅前から伸びる広い道路沿いで、道路からすぐに一段上がっています。

鳥居のほぼ正面に道があるので、ひょっとして旧参道かもしれません。

 

今回も引用はなしで〜す。