べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「大宮浅間神社(尾張富士)」(犬山市)(※おまけ「寂光院」の紅葉)

11/11。

とりあえず、紅葉を求めて「寂光院」へ。

 

◯こちら===>>>

「継鹿尾山寂光院」(犬山市) - べにーのGinger Booker Club

 

↑以前の記事です。

 

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曇り、残念。

 

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かと思えば、少し晴れている。

 

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扁額。

 

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本堂前。

 

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随求堂から……だったと思います。

 

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……うん、紅葉の時期に早かったのか、遅かったのか、もう記憶がないです。

 

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多分遅かったんだな……。

 

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本堂。

 

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紅葉、ちょっと晴れた。

 

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紅葉。

 

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紅葉、また曇る。

 

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本堂。

 

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本堂。

 

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弁天堂から。

 

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紅葉。
露出のコントロールがね……(まあ、iPhoneですし)。

 

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紅葉。

 

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紅葉。

 

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こんちまた埋まっておられますな……。

 

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という感じでした。

 

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御朱印

 

で、そこから「大宮浅間神社へ移動。

 

◯こちら===>>>

尾張冨士大宮浅間神社 « 犬山観光情報

 

観光協会のHPですが。

場所としては、「博物館明治村」のすぐ近くで、「明治村」の裏の方から出てくると、ちょうどこの神社の脇を通る感じになります。

 

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社標。

 

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緩い斜面を登ると。

 

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再び社標。

 

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「弁財天」をお祭りした社。

島です、はい。

紅葉が美しい……がやや暗いか。

 

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こちらも鮮やかな紅葉。

 

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うーむ、もうちょっと池が澄んでいたら、反射が美しかったかも……。

 

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蛙さん。

 

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……弁天さまばっかですな……。

 

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愛知県の新十名所に選ばれたようです。

隣のは、献石(いしあげ)のための石、です。

尾張の子供なら、大抵知っているだろう、「尾張富士と本宮山の高さ比べ」、というやつですね(後で書くかもです)。

 

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「句碑のみち」。

 

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句碑。

 

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手水舎。

 

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拝殿。

杮かな……銅との組み合わせは珍しいのかも。

 

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拝殿……あれ、幣殿かな。

尾張造かもしれないです。

 

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手前はえんむすびの松、だそうです。

 

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狛犬さん。

比較的新しいようですが、しっかりした意匠です。

曇った……。

 

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御祭神は「木花開耶姫命」と「天照大御神」。

 

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社殿遠景。

 

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こちら、石上げを行うところ、だったと思います。

 

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参道遠景。

社殿の位置関係が今ひとつわかりませんね……申し訳ない。

 

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御朱印

 

引用などはまた〜。

「北野天神社」(江南市)(※おまけで「洲崎神社」(名古屋市中区))

さて。

せっかく周回遅れを逃れられそうだったのですが、諸々の事情で更新が遅れております……。

11/3(まだ2017年の、です)。

江南市をちょっとぶらぶらの旅をしておりまして、駅の近くの「北野天神社」にたどり着きました〜。

 

◯こちら===>>>

www.konan-kankou.jp

 

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社標より、筆のオブジェが目立っている、という。

 

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参道入り口。

 

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おっと、定書が石に刻まれていて、ちょっと珍し。

 

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思いの外参道が長い……。

 

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太鼓橋は、渡ること能わず、でした。

 

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右手の鳥居は、先ほどのとは別です。

蕃塀があります。

 

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ほいっと。

ああ、やはり百度石は蕃塀の手前にあることが多いのですか……まあ、参道入り口まで戻ってのお百度は大変だろうから……でもそれでいいのでしょうか……まあいいか。

 

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拝殿正面。

狛筆……?

あ、小さい牛さんもいる。

 

 

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「北野天神社の由緒
(略)この北野天神は、菅公が流されたので、子が難を逃れて各地に散住し、一人がこの地に住つき、后年祖先(菅公)まつりし、地名を由縁の北野と名づけたのが起りといわれています、延㐂三年二月廿五日昇神されたので、月の廿五日は、天神さんの日として言伝へられたのであります。(略)」

 

略した部分は、「菅原道真」公の略記と、「天神様」のご加護について、でしたので。

「延㐂」って「延喜」のことだと思うのですが……違ったりして。

 

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拝殿向かって右手より。

牛さん発見。

 

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ずずい、と近づいてみました。

瓦葺き、新しい社殿ですね。

 

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これは多分、裏手に回る途中で見えた本殿だと思います。

銅葺きで、赤銅色は珍しい……あ、銅じゃないですね多分。

 

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おっと、珍しく「二宮金次郎」さん……まあ、「天神様」にはふさわしいといいますか。

 

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「願かけ牛之宮」、という、確か牛さんがいらっしゃったような……違ったかな……先客がお見えになったのでスルーしました(……と思い込んでいましたが、写真を見ると誰もいなさそうですね……謎)

 

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灯篭。

 

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鳥居、の一部。

 

「鳥居の謂
この旧鳥居は、稲木庄北野村庄屋堀尾為右衛門と惣氏子中の寄進願いにより、尾張藩御抱犬山御石工縣半右衛門により享和元年酉九月吉日(一八〇一年)に建造されたものであり、ここに一部を永久保存し、北野天神社の社宝となす。
(略)
北野天神社創建 承應二年(一六五四年)」

 

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向かって左手、社務所の前辺りからの拝殿、本殿。

 

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日光が……氏神、とか明神、太神といった言葉が見られますので、小祠だったのかな、と(神仏分離か戦後に集めたのだと思われます)。

 

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岩。

 

「岩の謂
この岩は以前郷裏の畠中にあったもので惜昔は其処に寺があってその門先の岩だと云われ附近を岩石と呼びその岩にお詣りするとおこりが落ると敬まわれ草鞋やローソクがたへず供へられていた岩で当地の区画整理(昭和十年)の折、道路にかかり境内に移されたものである。」

 

岩がおこりを落とすと……で、ローソクはまだしも草鞋ってことは、足の神様なんでしょうかね……そもそもいつの頃なのかがわからないので、なんとも言えません。

 

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おっと、天神筆のオブジェの裏には、「東風吹かば……」です。

 

なんだか中途半端な感じですが……以上です。

 

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御朱印

 

さて。

 

◯こちら===>>>

尾張国地名考 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑一応、『尾張国地名考』を引いてみます(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

138コマの丹羽郡のところに「北野村」があるのですが、「春日井郡に同名あり」となっているので、106コマのそちらを。

 

下之郷村 支村一 野田
中之郷村 知多郡に同名あり
北野村 丹羽郡に同名あり

【瀧川弘美曰】此三ヶ村並であり北野は北の郷の間違なるべし是もとは一郷にして疑らくは地名を失ひたるものなるべし
北野村に菅原天神の宮あり 【正生考】総て今北野或は天満などいへる村々に菅原天神を祭らぬ所なし 是は地名によりて後世菅神を斎奉りしものなるべし 後世鎌倉以来の流行事なるべし」

 

……うん、まあ、なんでしょう、「神様が先か、地名が先か」って話で……。

日本でも有数の大人気流行神、もはや定着してしまったので流行神だったことすら忘れられた、「菅原道真」公。

浄瑠璃の演目『菅原伝授手習鑑』にもなっています。

史実の部分と、伝説の部分(公の祟りにより仇敵が死んだ云々)がいい感じでミックスされて、日本人の判官贔屓に見事にマッチした、ということでしょうか。

うーむ、「太宰府天満宮」も「北野天満宮」も行ったことないんですよねそういえば……。

「菅原道眞」公自身についてもよく知らないな……勉強せねば……。

 

というわけで、ちょっと江南市をぶらぶらしてみました〜。

 

※おまけ。

名古屋市大須の「三輪神社」に出かけたのですが、久々に「洲崎神社」にもご参拝。

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「白山社」(江南市尾崎町)

11/3。

さて、「石作神社神明宮」の参拝を終え、江南駅まで歩く途中で見つけた「白山社」。

 

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村社か……何を見ればいいのかな……。

 

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鳥居と蕃塀。

 

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あれ、そういえば狛犬さんがおらなんだな……。

社標と思わせて百度石。

 

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彫りは甘いですが、凝って作ってあると思います。

 

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手水舎。

 

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拝殿。

やはり尾張造っぽいのかな……。

 

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本殿左手の「秋葉社」。

あ、裏手には公園があったと思います。

 

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本殿左手から。

 

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ここで拝殿を振り返って賽銭箱を見てみると……「神さまは見ている!」。

このアングルの賽銭箱もなかなか見ませんけれども、こんなことが書かれていたとは……多いんでしょうか賽銭泥棒。

 

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本殿右手の@「神明社」。

 

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本殿右手から。

 

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境内右手にあるお稲荷さん。

 

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やはり結構しっかり作ってある。

 

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おキツネさま。

 

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で、こちらが謎……お稲荷さんの参道から隠すような感じであったのですが……なんだろう……。

 

地域の神社、という感じが素敵。

ちょっと写真じゃわかりづらいのですが、駅前から伸びる広い道路沿いで、道路からすぐに一段上がっています。

鳥居のほぼ正面に道があるので、ひょっとして旧参道かもしれません。

 

今回も引用はなしで〜す。

「石作神社神明宮」(江南市)

11/3。

すでに神社仏閣巡りより、BABYMETALさんたちに重心移動しています。

毎週のようにあちこち行こう、と思っていた頃が嘘のようです……が、尾張再発掘、のためにも江南市に行ってみました。

事前情報なしでうろうろしてしまい、コインパーキングもそれほどなく、どうしたものか……結局江南駅前に駐車して、ぶらっと「石作神社神明宮」へ。

 

……公式ページはない、と。

江南市による紹介もない、と。

 

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参道正面。

 

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鳥居から参道。

 

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蕃塀さん発見。

謎の玉……と思ったら百度石でした。

 

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狛犬さん。

天気いいなぁ……。

 

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楽殿。かな。

 

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狛犬さん。

 

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狛犬さん。

狛犬さんたくさんです……あちこちから集まってきたのかな。

 

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拝殿。

 

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回り込んでの本殿。

社殿の配置は尾張造っぽいです。

 

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灯篭はお稲荷さん。

 

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こちらは秋葉山

 

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境内摂社。

 

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遠景。

 

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さらに遠景。

 

おお……摂社が何神社なのか、至近距離で撮影していない……なんてこったい。

 

……というわけで、文献などを検索してみましたがうまく引っかからず……尾張国式内社に「石作神社」は4箇所ありまして(確か)、山田郡のは長久手のものでほぼ確定のようです。

 

◯こちら===>>>

「石作神社」(長久手市) - べにーのGinger Booker Club

「石作神社」(補) - べにーのGinger Booker Club

「石作神社」(再)(長久手市)〜高速初詣その2〜 - べにーのGinger Booker Club

 


で、『尾張国神社考』(原題「尾張神名帳集説本之訂考」、津田正生、ブックショップ「マイタウン」発行)で、丹羽郡の「石作神社」の項を見てみますと、

 

従三位石作神社天神 この神社不詳 [府志云]石作の二字は疑らしい石枕の誤歟と [正生考]郡内に石枕、石佛の村名あり。神名帳の誤字なるべし。」(p63)

 

とありまして……あ、『張州府志』か、確認してなかった……ていうか、丹羽郡のところを全然探してないのかな……。

まあ、ともかく、尾張国に、4つ「石作神社」があったらしい、のですが、なんで尾張国に4つも固まっていたんでしょうね……といういつもの疑問に逆戻りです。

あ、実際「石作神社神明宮」の付近の地名は「石枕」です……「延喜式」が本当に「石枕」の書き間違いだとして、だったら神社名は「石枕神社」のままじゃないかなぁ……と思うのですよね、地元では。

まあ、「延喜式」を訂正してください、ということにはなかなかならないでしょうけれども(だいたい、どのくらいの人間が「延喜式」を知っていたのか、という話で)、だったら一層、地元では「石枕神社」のままで通っていたような気がします。

それを、近世になって神社名を「石作神社」にしたのか、やっぱり元々「石作神社」だったのか……。


あとは郷土史家のかたにおまかせしましょうか……。

「針綱神社」「三光稲荷神社」「猿田彦神社」(再)

10/7。

やっと10月……ふと、犬山城へ(聖地巡礼的に)出かけたものですから、

 

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◯こちら===>>>

近況〜聖地巡礼的な? - べにーのDoc Hack

 

「針綱神社」へ。

 

◯こちら===>>>

「針綱神社」 - べにーのGinger Booker Club

「三光稲荷神社」 - べにーのGinger Booker Club

「犬山神社」 - べにーのGinger Booker Club


↑以前の記事です。

 

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鳥居。

 

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犬山成田山」。

 

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拝殿。

 

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神馬。

 

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天神様と小さい狛犬さん。

 

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狛犬さん。

 

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秋葉神社」。

 

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狛犬さん。

拘束されているわけではナッシン。

 

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神橋。

 

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狛犬さん。

 

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三光稲荷神社」。

 

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拝殿とおキツネさま。

 

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蟇股部分にも「三光」。

 

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おキツネさま。

紅白。

 

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猿田彦神社」。

 

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おキツネさま。

紅白。

 

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再びの、私に全く関係のない映えスポット。

 

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御朱印

 

 

 

……おっと、写真だけかい、と思われたかもしれませんが、たまにはね。

「大縣神社」「田縣神社」(再)

9/30。
天気はそれほどよくはなかったのですが、そういえばご挨拶にいっていないな、と思い、大縣神社」「田縣神社へ。

 

◯こちら===>>>

「大縣神社」 - べにーのGinger Booker Club

「田縣神社」 - べにーのGinger Booker Club



↑以前の記事です。

 

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大縣神社」から。

 

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「大国恵比須神社」。

 

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狛犬さん。

 

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「姫之宮」の本殿。

 

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拝殿。

 

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狛犬さん。

 

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社務所前より。

……肝心の本社拝殿の写真がない、と。

どうしてだっけな……。

 

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続いて「田縣神社」。

 

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拝殿。

修繕が終わり、屋根はすっかり赤銅色ではなくなっておりますね……。

 

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鈴まで……。

 

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狛犬さん。

 

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「珍宝窟」。

 

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社務所より。

 

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御朱印

 

さて。

 

◯こちら===>>>

大日本名所図会. 第1輯第10編尾張名所図会 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑「大縣神社」のほうは引用していなかったので、『尾張名所図会』より(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

349ページです。

 

大縣神社
二ノ宮村にあり。俗に二之宮大明神と稱す。[延喜神名式]に大縣神社 名神大。 と見え、[本国帳]に正一位大縣大明神としるせり。垂仁天皇二十七年の御鎮座にて、天武天皇朱鳥元年、勅して再建し給ひ、清和天皇貞観元年、御修理あり。其後星霜を経て、永正元年回禄にかかり烏有となりしを、同十五年織田弾正左衛門平久長再建し、やや旧貫に復しぬ。然ありしより神威昭々として、諸人の崇敬他に異なるの官社たり。
続日本後紀]に曰く、承和十四年十一月癸亥朔癸酉。奉授尾張国無位大縣天神従五位下。[文徳実録]に曰く、仁寿元年十一月辛巳。詔以尾張国大縣神列於官社。同三年五月辛亥。尾張国無位 一本従五位下。 大縣神授従四位下。[三代実録]に曰く、貞観元年二月十七日癸卯。授尾張国従四位下大縣神従四位上。同月十九日乙巳。遣正五位下守右中辨兼行式部少輔大枝朝臣音人。向尾張国大縣神社。奉神位記財宝。同十五年八月十三日乙巳。授尾張国従四位上大縣神正四位下
本社 祭神 国狭槌尊・活目入彦五十狭天皇国常立尊豊斟渟尊を合せまつれり。
瑞牆 廻廊 祭文殿 拝殿 舞殿 御供所 御井 祭庫 鳥居。
別宮三名神社 本社の東山上にあり。祭神豊斟渟尊。[本国帳]に正一位名神と見えたり。[同書]に従三位田宮天神とあるも、当社の摂社たりしが、中世廃して旧址のみ存せり。
末社神明社 本社の西にあり。 祭神天照皇大神宮
戸坂若宮社 同所にあり。祭神景行天皇
多賀社 同所にあり。祭神伊弉冊尊
中宮社 同所にあり。祭神天御中主尊
弁財天四社 同所西のかたにあり。
毘沙門社 本社の東にあり。
大黒社 同所にあり。
白山社 同所にあり。祭神菊理姫命。
瘡神社 同所にあり。祭神倉稲魂命
神宮寺社 同所にあり。
妙見社 同所にあり。祭神建稲種命
伽藍祭社 同所にあり。
例祭 八月朔日。児山一輌・人形山二輌を出す。九月九日。流鏑馬并笹踊等あり。当社は古より大社にして、年中の祭事多かる中に、田打祭・清祓烏喰神事・祈年祭新嘗祭・大和舞・鎮座祭・奏楽・傘廻等ことに大祭なりしが、今悉く廃絶して、近村に供祭田等の旧号あまた字のみ残れり。
(略)
神主 むかしは大荒田命の裔孫爾波縣君司りしが、其末はいかがなりけん。中昔より尾張氏にて重松と称する家代々奉祀す、これ歴仁元年十二月の尾張国諸社神領廳宣に、左衛門尉尾張俊村仮名重松分。一乗寺保三十七町六段云々とある重松氏なり。其外祠官成時氏・元方氏・稲吉氏・常吉氏等数十家、神官・中臈・神楽座・神子数人あり。
(略)
[鹽尻]に、我尾州二の宮は、古盛なりしとき、四至も広く、祭祀もめでたくおこなはれしと見ゆ。大縣宮地打越明神の傍、字針とよぶ地に勅使宿館の跡あり。いにしへ神主の宅地も爰なりとかや。御休といふ地、二の宮と楽田の間、道の北にあり。是祭祀の日、神輿御幸の地なりしよし。夫より西跡に二の鳥居の跡あり。宮地よりここまで五町ばかりなり。これ近四至と見えたり。一の鳥居の跡は青塚にあり。 (略) 是は遠四至にや。此邊に舞台と称ふる田あり。是むかし舞台ありし所といふ。楽田村の名もこれにかなへり。凡楽田のうち、田の字に御供田・直会田・注連切田・燈明田・経田等の名あり。又傘廻田と呼ぶ地あり。古神事に、傘さして付きてまはりし事あり。其米を出しし所といふ。また東方の山岳に西福寺・浄福寺・真蔵寺・不動寺・小西寺など呼ぶ所、いにしへ供僧の役所といふ。小西寺の旧跡塔の壇の名、今のこれり云々。」

 

ふう、ちょっと長め……。

「瘡神社 同所にあり。祭神倉稲魂命。」……「瘡」といったら普通「疱瘡神」なのですが、何故に「倉稲魂命」……。

「妙見社 同所にあり。祭神建稲種命。」……これは「内々神社」が妙見信仰と混ざり合っていたからでしょうね。

「伽藍祭社 同所にあり。」……もう謎でしかない。

祭事に関してはほとんど伝承も失われているという様子ですが、そうすると例の「豊年祭」はどうなってたんでしょうね……ますます謎……。

 

◯こちら===>>>

尾張志. 7 羽栗郡 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑お久しぶりねの『尾張志』。

23ページです。

 

大縣神社
二宮村にます大縣はオホガタと訓へし 今は二宮大明神と申す (略) 大縣は此地の旧名なれとも二宮という称のおこれるよりうつりて社号にのみ地名を残せり 扨此處は旧事紀に邇波縣と見えたる地にてすなわち爾波縣君祖大荒田命を祭れるにもやあらむ 大荒田命は同紀五巻尾張氏の世系を書る條に十二世孫建稲種命此命は邇波縣君祖大荒田女子玉姫爲妻生二男四女とあるに明し 此事を本国帳集説にも引て本宮座山頂号真神山(略)本州二宮也 按旧事紀曰邇波縣君祖大荒田命云々姓氏録曰倭建尊三世孫大荒田命云々(略)といへり されと阿良多と阿賀多と語近乎といへるはあたらす アラタアガタは元来異なるものをや 又姓氏録なる大荒田命は同名異人なるものをここに並挙たるも縁なし 此大荒田命の荒田といふは当郡の地名なるを負ましし御名なるへし 其地は旧は丹羽郡なりしか今は春日井軍に隷る久保一色村に荒田といふ地あり 又今も当郡なる羽根村の支村にも荒田という郷あり 此両處ともにこの大縣よりいとも遠からぬが久保一色なるはことにまちかくて田縣神社の坐地也 きはめてこれに據れる神名なるへし (略) 今は此祭神を国狭槌尊とそいふなる是は二宮と称するより出たる後のことなり 社説に垂仁天皇二十七年勅建なるよしいひ伝へたるは古く尊し 其後あまた年を経て永正元年消失して旧記神宝も存らすなりぬるはをしむべくなけかしき事也(略)
例祭 正月二日田打祭伽藍祭といふ御酒神饌を備へ神主祝詞をよみ田作りのわざをなす(略)二月八日天王祭をいひ社前に松を植ゑ鳥魚神饌を備へ神膳を徹して後烏を呼て食はしむ俗に烏食祭といふ(略)
摂社 三名神社(略) 神田社(略) 天王社 天道社 山神社 多賀社 倉神社 神明社 戸坂社 弁天社(略) 本宮社 八幡社 熊野社 浅間社 雨宮社 風宮社 西宮社 舞殿王子社 一王子社 多度王子社 高社 美濃国木村高社の遥拝所 鷲岩穴社 なとあり又境外に 打越神社 仲哀天皇を祭るといへりむかし僧正遍照歌をよみて此處にみまかれりといふ説ありとうけかたし 大黒社 毘沙門堂 すべて摂社ともは天武天皇の朱鳥年中創建の由いへり 神楽所 御供所 廻廊 釣殿 天武天皇御陵 本社の西の方にありゆゑしられす(以下略)」

 

あ、「瘡神社」は、「倉神社」の間違いなのかな。

御祭神は「大荒田命」……なのかどうか……周辺には尾張氏関係の大小の神社がありますので、どこかの時点でそのように変わったのかと思います……がまあここまで整っていると、本来の信仰を伺うのも難しいものです。

アガタとアラタは違う、という話はどうなんでしょうね……いろいろ混同があったということは否定できず、しかし『延喜式』の頃から「大縣」であって、なぜ「アガタ」ではなく「オオアガタ/オオガタ」と「大」がついているのか……国名(地名)がつくのであればそれこそ「丹羽縣」でもいいわけで……しかし「大縣神社」という名称から「大荒田命」が作り出されたのかもしれず、でも荒田って結構ありそうな地名だしなぁ……開拓者であればふさわしい感じもするし……という具合に、知識がないもので行ったり来たりです。

そうだなぁ……「大碓尊」が絡んでくるとちょっと面白いのになぁ、とは思ったりします(単に「大」つながりですが……「大」であれば、「大国主命」と「少彦名尊」の対比、「大碓尊」と「小碓尊」の対比から、「小荒田」もあってもいいのになぁ……とか……「田縣神社」がその対比なのかなぁ……)。

迷路迷路。

 

同じく、

 

田縣神社
今春日井軍久保一色村に坐す當郷往古は丹羽郡に属るなるへし 今も丹羽郡の境にいと遠からす 俗人此處を縣の森といふ 延喜神名式に丹羽郡田縣神社本国帳に丹羽郡従三位田方天神とある是なり 扨此神は田地の豊穣を守ります女神なるよし郷人申伝へ来て毎年の初に此神事を行ふに男莖形あらはせる人形を造り儲て村民いどみ笑ひ祭祀終て神符を此村の田毎にさし建て五穀豊饒をいのるならはしありといへり(略)」

 

やはり「田縣神社」の「男莖形」については江戸末期には知られており、一方で「大縣神社」の豊年祭の「女陰」については言及がない、ということは比較的新しい祭りなのかなぁ……「田縣神社」の祭りからヒントを得て作られたという感じがします。

ちゃんと調べれば、結論が出ている話かもしれませんけれども、そこまでの余裕はないもので……いずれもうちょっと……。

 

「王子稲荷神社」(補)

さて。


◯こちら===>>>

大日本名所図会. 第2輯第5編 江戸名所図会 第3巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑今回も『江戸名所図会』さんです(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

269コマです。

 

「王子稲荷社 同北の方にあり。往古は岸稲荷と號けしにや、今当社より出すところの牛黄宝印にしか記せり。
本殿 倉稲魂命、聖観世音・薬師如来・吒枳尼天。
本宮 十一面観世音。
王子権現縁起に曰く、いづれの世にかありけん、此社の傍に、稲荷明神をうつしいはひければ、毎年臘晦の夜、諸方の命婦此社に集り来る。其ともせる火の連りるづける事、そくばくの松明を並ぶるが如く、数斛の蛍を放ち飛ばしむるに似たり。其道野山を通ひ、河邉をかよへる不同を見て、明年の豊凶を知ると聞ゆ。命婦の色の白きと九の尾あるは、奇瑞のものなりと、古き書にありとなむ。下略
因に云ふ、今の世三狐神の名に附会して、伊奈利を白狐とするものは、大なる誤なり。又狐を伊奈利の使者とし、又ここに命婦といへるは、或書に云く、後小松帝の明徳年中一人の老命婦あり、深く稲荷を信じ、毎日詣でけるに、命婦が飼ひける野狐あり、必ず参詣の時は先へ社壇に来り待ちし故に、社人も狐の来るを見て、命婦のやがて詣づるを知り、命婦も年老い世を退りて後は、狐を養ふ者もなく、終に伊奈利山へ至り住みけり。社参の人命婦狐と名け、呼び出して果物などあたへけるが、年経て死しけるを、人憐みて本社のかたはらに埋め、社を建てて祀りしより記せり。是狐を伊奈利の使者とせしよりどころなるべし。
当社は遥に都下をはなるるといへども、常に詣人絶えず。月毎の午の日には、殊更詣人群参す。二月の初午には、其賑言ふもさらなり、飛鳥山のあたりより、旗亭(さかや)・貨食舗(れうりや)、或は水に臨んで軒端をつらねたり。実に此地の繁花は都下にゆづらず。」

 

なんか、途中で「狐=稲荷の神使説」の話になってましたけど……その前段では、明らかに九尾の狐っぽいのが出てきましたね。

『王子権現縁起』、「王子神社」の記事によれば寛永十八年に上梓されたっぽいので(同じ縁起かどうかは不明ですが)、結構いろいろな伝説がくっついて出来上がっているのかな、とも思います。

地元に伝わっていた伝説なのか、箔づけをしたかったのか……何とも言えませんが。

 

◯こちら===>>>

一立斎広重一世一代江戸百景 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑大正時代の出版ですが、もう少し詳しい感じで。

59コマです。

 

「王子の狐火
王子稲荷は王子権現の北にあつて往古は岸稲荷と號けた。関八洲の稲荷の棟梁と伝へられてゐる。此稲荷について江戸時代には一つのいひ伝へがある。王子稲荷の傍に装束畠といふ田甫があつたがm、其所の衣裳榎といふ榎の大樹の下へ、毎年十二月の大晦日の夜にあると諸方の狐が夥しく集り来る。其ともす狐火のつらなるさまは若干の松明を並べたやうに見える。或は数斛の蛍を放つたやうにも見えた。其狐火の行列が野山に通ひ、河邉にかよへる抔其時々によつて不同がある。不同の様子を見て、明年が豊年であらうか凶作であらうかを判断するため、近在の百姓は見物に来たさうである。此事は宵の内にある事もあり、又暁に見る事もあつて時刻の程は定つてゐなかつたさうである。兎に角王子装束榎の大晦日の狐火といふものは、江戸時代の一名物であつて、其狐火の高く飛ぶのや低く飛ぶので狐の官定めになるのだといひ伝へてゐた。」

 

冒頭からほぼ『江戸名所図会』と同じなのは、『王子権現縁起』から引用しているからだと思いますが、榎の話は出ていませんでしたね。

↑には安藤広重「江戸百景」からとった「王子の狐火」の絵も掲載されています。

河辺であることからして、実際に蛍火だった、というのが一番妥当な線。

湿地帯で燐が発光する、という人魂にそれっぽい解釈をほどこしたやや怪しい説もありかな、と思います。

周辺の農民が見にきていた、ということを鑑みて、実際に何かしらの光を飛ばすような習俗だった可能性。

狐がいっぱい住んでいたかも(その割に、そんな記述はないですけれども)。

まあ、いろいろ妄想できますけれども……何かしら、発光現象があった、というのは事実だったのではないかと思います。

 

なお、「王子の狐」という落語は、

 

◯こちら===>>>

円遊落語会 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

↑なぞをご参考に。

「今時分、人間が狐を化かすようになった……」というお噺です。