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よんどころない事情で京都へ旅立ったので、もはや行くしかない、どこか神社仏閣へ……だって京都だもの……というわけでまずは、「白峯神宮」へ。
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まずはご由緒書き。
末社 地主社 伴緒社 潜龍社
沿革 明治天皇御即位の年(明治元年)御父孝明天皇の思召を以て崇徳天皇次いで明治六年淳仁天皇の御遺訓と御聖徳をあがめられ当神宮のを創建されたのであります。
人倫の根源に鑑み崇徳天皇は敬神崇祖の大範夫婦の正道をただされ自ら和歌をよくし武道を奨励され淳仁天皇は官制を改革して租税を軽減し各国に倉を建設して米穀を貯蔵し窮民を賑恤され修身斉家の御遺訓を垂示されたのであります。
真新しい神宮ですね……そうそう、「神宮」の号がある神社は、一般的に皇室に縁があるとされています。
明治時代になって結構増えましたね。

京都の街中に、結構突然出現する感じなので、さすが京都だな、と。

菊の御紋。

拝殿……じゃない、神門の裏側。


狛犬さん。
苔むしておりまして、よい感じです。

本殿。

「潜龍社」。
なんか、キャラクターがいるな。

昭和三十年に出現したらしいです……新しい。


狛犬さんその2。

「伴緒社」。


をを、落語『崇徳院』のあれ、ですね……あれ、違うか。

「地主社」。
「精大明神」が、元々の地主神だったようですね。

いろいろ集められています。

スポーツ上達……はなぜだろうか……。

「瀬をはやみ……」の和歌の解説。
あれ、「崇徳院」って、『百人一首』でしたっけ……どうにも、詩心がないもので、覚えられないんですよね……散文家でして。

松と……なんだろう。

拝殿。
左近は桜、右近は橘、です。

これこの通り。


御朱印。
そうか、もともとが、蹴鞠で有名な飛鳥井家の邸内社の「精大明神」だから、スポーツ上達なのですね。
「崇徳天皇」と、「淳仁天皇」は淡路廃帝か……明治になって、近代化を目指す前に、借りられる力は全部借りる、という、節操のない意志の強さを感じます……それだけの危機感を覚えた、ということでしょうか。
さて、ちょっぴり京都の旅のスタートです(ずいぶん前の話ですが)。