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もちろん目指すは、「松尾大社」です。
○こちら===>>>
嵐山線の駅が近くにあるなんて、知らなかったです……本当に、京都のこっちの方は、初めて来ました。
正面鳥居。
参拝者が多かった……七五三か……。
楼門。
拝殿……じゃないのか、本殿の廻廊にある向拝……でいいのかな。
椋の霊樹。
この壁の向こう側に本殿があり、本殿背後はなかなか急峻な崖になっております。
境内摂社は、「衣手社(御祭神:羽山戸神)」「一挙社(御祭神:一挙神)」「金刀比羅社(御祭神:大物主神)」「祖霊社」。
「一挙神」は、「素戔嗚尊」の別名か、と案内板に書かれておりますが、謎ですね……。
摂社越しの本殿。
流造かな……カーブが結構急ですね。
力石かな、と思ったら、神名が書いてある……祠代わりでしょうか。
拝殿向かって左手前から。
相生の松です。
本殿向かって右側を登っていった先にある、神泉です。
本殿を、向かって右後方から。
さらに奥に行くと、滝があります。
珍しい亀が見つかったそうです(七尾かな)。
本殿を後方から。
滝の手前にある摂社。
「三宮社(御祭神:玉依姫命)」、「四大神社(御祭神:春若年神、夏高津日神、秋比売神、冬年神)」、「滝御前(御祭神:罔象女神)」。
ううん……この四季の神様は、後で付け加えたような感じでしょうか……ちょっと怪しい……(?)。
本殿背後の岩盤。
拝殿はこっちでした。
「松尾大社
大宝元年(七〇一)に秦忌寸都理が、松尾山大杉谷の磐座の神霊を勧請し、秦氏の氏神として当地に社殿を建立したのが起こりと伝えられる。平安遷都後は王城鎮護の神として、また中世以降は酒造の神として人々の信仰を集めている。
本殿(重要文化財)は、「松尾造(両流造)」と呼ばれる珍しい建築で、天文十一年(一五四二)に改築されたものである。宝物館には、等身大の男神坐像二体、女神坐像一体(ともに重要文化財)が安置されている。
また、境内の霊泉「亀の井」の水を醸造のときに混ぜると酒が腐らないと伝えられる。
毎年四月の松尾祭には、境内に山吹が咲き乱れ、桂川で神輿の船渡御が行われる。また、七月には御田祭(市無形文化財)が行われるなど、多くの人々でにぎわう。」
なるほど、松尾造というのがあったのですね。
確かにちょっと珍しい建築です。
狛犬さんズ。
個人的に、こういう全景図とか案内図が好きです。
御朱印。
時期も時期だけに、書き置きでした(※令和五年の今でも、そういったところが多いのかも)。
さて。
○こちら===>>>
大日本名所図会刊行会 編『大日本名所図会』第1輯第1編都名所図会,大日本名所図会刊行会,大正7-8. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/959904
(参照 2023-03-22)
『都名所図会』から観てみましょう。
388ページです(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。
「松尾社 は梅津の西にあり。別雷山は社のうしろの山なり。当社の明神の降臨の地なり。松尾山ともいふ。
(略)
本社は祭る所二座にして、大山咋神、市杵島姫なり。(神秘あり。)大宝元年に、秦都理といふ人社を建てて、分土山より遷し奉る。([鎮座記]には、元明帝和銅二年四月十一日、始めて加茂より山城国山田庄荒子山に伝へ奉る。加茂の丹塗の矢化して松尾の神と現す。則秦良兼同正光、松尾の守護となる。今の社司の遠祖なり。)
松尾七社 月読社、櫟谷社、三の宮、宗像社、衣手社、四大神、当本社。(おのおの本殿の傍にあり。)例祭は四月上の酉日。仁明帝承和四年に始まる。神輿七基。西七条の御旅所より、桂川を舟渡にて祭礼あり。八月朔日には、鳥井の傍にて相撲あり。京方、嵯峨方とて東西に列す。」
↑案内板の内容とあまり変わりませんね。
「神秘あり」と書かれているのが、うがってみることもできますが。
江戸末期には、既に「四大神」は祀られていたようで、いつからなのか……。
御旅所から本社に(いや逆か)、桂川を渡って行なる祭礼がある、ということですが、川を渡るということは、「異界へ送る」ことなので、「松尾大社」も怨霊なのかな……と思ったりします(まあ、日本の神様は大体、何らかの境界の向こう側にいて、お招きするときはそこを越えなければならないのですが、川はね……結構強い境界なのです)。
○こちら===>>>
「日吉大社」(考)〜その8 - べにーのGinger Booker Club
↑「日吉大社」についていろいろ妄想した日々が懐かしい……今はあんまり妄想できません。
松尾の神が、一体何の神なのか。
地域的に秦氏の氏神っぽいですが、賀茂から遷したという(ことにしたい)伝承があったり。
↑こちらの本を最近読んだのですが、「松尾大社」についても書かれていて、なかなか興味深いです。
ううむ……本当に、妄想をまとめるだけの時間的余裕がないなぁ……神話というのが現実の歴史をどの程度写しているのか、については、はっきり言って「わかりません」が、何らかの操作を加えた人々がいるのは間違いなく、そこにある「意図」はひょっとしたら読み取れるのではないか、程度に思っています。