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神社仏閣ラブ(弛め)

「梅宮大社」(京都市右京区)〜急に日帰り京都旅

11/3。

「木島坐天照御霊神社」をあとにして、「松尾大社」方面を目指そうと思ったのですが、路線がよくわからないので、歩いたろうか……Googleマップさんによれば、3キロ弱……よし、いける。

 

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……途中で発見、「春日神社」……。

とりあえず、疲労困憊で到達したのは、梅宮大社でした。

 

○こちら===>>> 

www.umenomiya.or.jp

 


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……「日本第一酒造の祖神」とな。

ううむ、醸すといえば「大神神社」でないのか……。


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鳥居。

駐車場の方から入ったのかな……参道がくねくね。
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楼門にも酒樽とな……推している……。


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梅宮大社

奈良時代の政治家であった橘諸兄の母・縣犬養橘三千代が、橘氏氏神として現在の綴喜郡井手町付近に創建したのが始まりといわれる。平安時代の始め、嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(檀林皇后)によって現在の地に移された。

酒解神大山祇神)、大若子神瓊瓊杵尊)、小若子神彦火火出見尊)、酒解子神木花咲耶姫命)の四座を祭神とする。酒解神の御子・酒解子神大若子神との一夜の契りで小若子神が生まれたことから、歓喜して、狭名田の稲をとって天甜酒を造り、これを飲んだという神話から、古くから安産と造酒の神として有名である。

また、皇子に恵まれなかった檀林皇后が、本殿の横に鎮座する「またげ石」をまたいで子どもを授かったことから、この石をまたげば子宝を恵まれると伝えられ、その下の白砂は安産のお守りとされている。

現在、本殿、拝殿、幣殿、廻廊、中門などがあるが、これらは元禄十三年(一七〇〇)の再建によるものである。

庭園は、杜若や花菖蒲の名所として知られるほか、梅、八重桜、椿、つつじ、あじさいが美しい。」

 

 

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随神。

 


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狛犬さん。

苔生しておられました(多分……)。

 


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拝殿。


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ええと……社殿向かって左側……どなただったか。


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覗いた先には、木製の狛犬さんが見えました……遠い……。


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瑞垣の内側なので、外からしか参拝できないのです。


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「またげ石」……見えず。


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拝殿遠景。


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舞殿。


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門の外側の鳥居。


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さらに遠くの石鳥居……と犬さん。

官幣中社だったようです……そしてその頃は、まだ「梅宮神社」……。

 


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御朱印

どうやら、猫で有名な神社のようで……参拝者さんは結構多く、猫を撫でている方も多く、御朱印待っている間にそのチャンスがあるかどうか、と狙っていましたが、結局猫に嫌われるタイプの人間なので、残念……。

 

さて。

 

○こちら===>>>

大日本名所図会刊行会 編『大日本名所図会』第1輯第1編都名所図会,大日本名所図会刊行会,大正7-8. 国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/959904

(参照 2023-03-09)

 

『都名所図会』からいってみましょうか(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

p388です。

 

「梅宮 は四條の西、梅津里にあり。祭る所四座にして、酒解神、大若子、小若子、酒解子神なり。相殿には橘贈太政大臣清友、(諸兄公孫奈良鷹子)檀林皇后嘉智子を祭る。(此皇后は嵯峨天皇の愛妃なりしかども、太子なき事を常に愁いて、酒解神を祈り給へり。既に感応ありて姫身となりましまし、則当社の清砂を御座の下に敷き、太子を降誕し給ふ。仁明天皇是なり。故に世人産月に臨めば、当社の砂を取つて帯襟に佩ぶるは此遺風なりとぞ。)

熊野三所影向石 紀州三熊野より三の烏来つて化するなり。当社の例祭は四月上の申日。神輿二基。」

 

安産の石の話は出てきませんね……砂は出てきましたが。

石は、「熊野三社権現」の飛んできたあとという話ですし……。

 

○こちら===>>>

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』上編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/991014

(参照 2023-03-09)

 

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,大正14. 国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/971155

(参照 2023-03-09)

 

『神社覈録』『特選神名牒』にはもう少し詳しく書かれていますが、

 

酒解神大山祇神)、大若子神瓊瓊杵尊)、小若子神彦火火出見尊)、酒解子神木花咲耶姫命)の四座を祭神とする。酒解神の御子・酒解子神大若子神との一夜の契りで小若子神が生まれたことから、歓喜して、狭名田の稲をとって天甜酒を造り、これを飲んだという神話から、古くから安産と造酒の神として有名である」

 

↑案内板にあったような、「酒解神」を「大山祇神」と同一視するような理由がどうにも見当たらないようです。

この辺りには、「大酒神社」はもちろん、「自玉手祭来酒解神社」があったりしたようですので、何か酒造に関する土地だったのか、伊賀国にも「酒解明神」があるようで、そちらは土地名だから、伊賀地方から移ってきた人がいるのではないかとか何とか(『特選神名牒』「自玉手祭来酒解神社」の記事より)。

「大避」がダビデだっていう例の説もありますが……↑案内板にあるような神話は、『風土記』レベルの言い伝えなのか、あまり聞いたことがありません……けど、あ、これ「木花咲耶姫命」の一夜孕みの神話ですか……歓喜しましたっけ……しかも九州での神話じゃなかったでしたっけ……ううむ……異伝かな……。

まあ、酒造の神話なんて各地にあるでしょう(酒を醸していたのは、文字記録の始まる前のことでしょうから)し、「瓊瓊杵尊」神話を絡めたのは後世の附会というやつかと思います(神社の生き残り戦略か)。

酒解神」関係の神社が固まって残っていた理由が何なのか……酒造に関する一族の勢力地だったのか……。

あんまり注目されていないようですが、謎の「酒解神」について、何か書かれていたら、ちょっと読んでみたいと思います。

さて、お次は、「松尾大社」ですよ〜。