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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「(藤成)神明社」(名古屋市昭和区)

仏閣 愛知県内 神社

10/10。
「笠寺界隈」をうろうろしたのちに、ちょっと気になっていたところに行ってみよう、ということで。
神社としては神明社なのですが、いろいろ検索してみても引っかかるHPとかなかったのでした。

 

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正面から。
旧社格は村社だったようです。
うーむ、何かに引っかかりそうな気もするんですが……調査不足ですね。

 

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「塩付街道
塩付街道は、鳴海潟や星崎沿岸でつくられた塩を、馬の背に積んでは運んだ道である。経路は、星崎から中根・石仏・川奈・出来町を経て矢田に至り、矢田で瀬戸街道に、さらに矢田から坂下を経て美濃へ通じ、また飯田街道とも接続していた。
ちなみに、塩付通は、この街道の名前がそのまま町名になったものである。なお、当時の街道は、ここより一筋西(約一〇〇メートル)の道である。」

 

○こちら===>>>

名古屋市:檀渓・街道コース(昭和区)

 

塩付街道は、↑昭和区の史跡散策路のHPでも触れられています。
このHPで見ると、「白山社」のある通りの一本東側を、もう少し南に下ったところにあります。
うーん、昭和区さんにはもうちょっと頑張ってページを充実させていただきたい。

 

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鳥居。

 

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入ってすぐ左手の手水舎。
その奥に寺が……?

 

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拝殿正面。
秋大祭の張り紙に「藤成神明社」って書いてありますね。
あんまりアップにすると、撮影者がガラスに写り込んでいるので……いつもは気をつけているんですが。
「藤成神明社」で検索してみると、

 

○こちら===>>>

藤成神明社

 

桜山中学校のHPが引っかかりました。

 

神明社とも呼ばれ、川名神社の分霊を祭った。農業の神様。藤成の氏神であり、天照大神が祭られている。」

 

「川名神社」は、割と近くにある「川原神社」の間違いじゃないかな、と思います。

 

○こちら===>>>

「川原神社」(名古屋市昭和区) - べにーのGinger Booker Club

 

主祭神は「日神」ですので。

 

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拝殿右手にある末社

 

「山神社 大山祇命
八劔社 豊受大神
八百万社 八百万神
龍神社 龗神
津島社 須佐之男命
鬼王神社 月読之命
秋葉社 火之迦具土神
月讀社 月讀之命
天神社 菅原道真公」

 

……近くの小さい社が集められたのでしょうけれども……超気になりますね、「鬼王神社」と「月讀社」。

 

○こちら===>>>

「稲荷鬼王神社」 - べにーのGinger Booker Club

 

↑「鬼王」といえば、東京新宿の「稲荷鬼王神社」です。
こちらの記事で紹介した由緒書によれば、

 

「(略)
鬼王様(きおうさま)(全国一社福授け)

◯月夜見命 人の運勢を司りツキを与えてくれる神様

大物主神(別名「大黒天」とも呼ばれています) 商売繁昌 心願成就 病気平癒 身体健全 縁結び の神様

天手力男命 開運 武運長久の神様

(略)

古来より大久保村の聖地とされたこの地に承応二年(1653年)、当所の氏神として稲荷神社が建てられました。宝暦二年(1752年)紀州熊野より鬼王権現(月夜見命・大物主命・天手力男命)を当地の百姓・田中清右衛門が旅先での病気平癒への感謝から勧請し、天保二年(1831年)稲荷神社と合祀し、稲荷鬼王神社となりました。それ故、当社の社紋は稲荷紋と巴紋の二つがあるのです。紀州熊野に於いて鬼王権現は現存せず、当社はそれ故、全国一社福授けの御名があります。この鬼王権現は、湿疹・腫物を初め初病一切に豆腐を献納し、治るまで本人或いは代理の者が豆腐を断ち、当社で授与される「撫で守り」で患部を祈りつつ撫でれば必ず平癒するといわれ、明治15年頃まで社前の豆腐商数件がこの豆腐のみにて日々の家計を営んでいたといわれたほどでした。」

 

↑ということで、新宿「稲荷鬼王神社」に「鬼王権現」が勧請された年代より、こちらの「鬼王神社」の成立が古ければ、こちらも熊野から勧請したものなのだと思われますが、遅ければ、「稲荷鬼王神社」からの分霊、ということになるでしょうか(明治以後かもしれないですね)。
謎の「鬼王権現」……それだけに、いろいろな人がいろいろな推理を展開しておられると思いますので、興味のある方は検索してみてくださいね。

 

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社殿向かって右奥に進むと、「伏見稲荷」。
奥の院的ですね。
垣の朱色が美しいので、この神社の氏子さんが健在だということがわかります。
地域で支えられている神社なのでしょう。

 

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伏見稲荷」付近から、本殿を。

 

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お稲荷さんの鳥居(右下は、指です)。

 

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拝殿を横から。

 

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お稲荷さんの参道入り口。

 

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その辺りから、本殿方向を。

 

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これは、社殿向かって左手からの、拝殿、本殿です。

 

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拝殿正面遠景。

 

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鳥居から。

 

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そういえば、社殿は東向きなのですが、北側にも鳥居があります。

 

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境内の北側の道から。

 

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で、正面鳥居の向かって左、瑞牆の途切れるあたりに細い道がありまして。

 

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入っていくとお寺……なのか……。
ご本尊までは確認できておりません。
右下の石が、お地蔵さんなのか、例のあれ(リンガ信仰)なのか、もわかりません。

 

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向かって左にもお堂があり、その奥は庚申堂らしきもの、手前には供養塔があります。
弘法大師」の幟が立っているので、どちらかは大師堂でしょうか。

 

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基本、仏像を写真に撮ることはないのですが(寺院は堂内撮影禁止のところも多いですし)、ちらりと写っていたので……どうも「青面金剛」という感じではないですけれど。

 

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で、神社のほうとつながっていて、そのつなぎ目のあたりには「聖観世音菩薩」が。
でもご本尊っぽくないです。


うーむ……。
神仏習合時代の名残だと思います(規模的に、隣のお堂は神宮寺なのだと思いますが、当時の規模はわからないので、何とも)。
小さな神社で、情報も少ないですが、「鬼王権現」がお祀りされていた、というだけで、ちょっと得した気分です(?)。
小さな神社も見逃すな、ですね。