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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「大神神社」(考々々々々々)

さて×6。

 

○こちら===>>>

国立国会図書館デジタルコレクション - 三輪叢書

 

↑前回も引用した『三輪叢書』より、「社記」という部分を(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

※「社記」以外の引用は、色にします。※

書かれたのは正徳三年で、1714年頃です。

70コマより。

 

「社記

三輪
大神 大物主神 大三輪氏神
日向 大己貴神 大賀茂氏神主
雨増 少彦名神 神宮部氏神主」

 

大物主神」を「大神」とするのは、まぁわかります。

大己貴神」が「日向(ひむか、ひゅうが)」としたのは何故なのでしょう。

これを九州の地名と考えるのか、あるいは「地上から太陽を拝む」と考えるのか。

後者であれば、確かに「大己貴神」は地上(あるいは幽界)から「天照大神」を拝んでいるので、あながちハズレでもありません。

前回も紹介した『大三輪鎮座次第』や「出雲国造神賀詞」では、「大物主神」は「大己貴神」の和魂で、それを「八咫鏡」につけて大和に鎮座させた、とありました。

鏡ですから、光の神、太陽神の痕跡があるわけで、それが「大物主神」の属性の一つである、とも考えられます。

で、「少彦名神」が「雨増」というのはなんでしょうね……。

 

 

大神神社<第三版>

大神神社<第三版>

 

 

↑では、

 

「しかし、信奉者の登頂を特別許可することも行われてきた。御留山といわれ、山中に足を踏み入れることを恐れ、かつきびしい掟で守ってきた江戸時代でも、特別の際には頂上の高宮神社登拝が許されている。というのは郷中に旱天が続き、どうにもならない極限に迫られたとき、神主・社家は、厳重な参籠を行い斎戒沐浴の上で、高宮神社へ登拝し、祈雨祭を奉仕している慣例がある。」(p56)

 

としています。

「雨増」というのは「祈雨の法」の対象であり、かつては「高宮神社」で行われていたようです。

今現在、「磐座神社」に鎮座している「少彦名神」が、かつてはそのあたりにいらっしゃったのでしょうか。

「祈雨の法」の対象は、龍神か、あるいは「御霊」か、でしょう。

 

「檜原
伊弉諾尊
天照大神若御魂神 大賀茂氏神主

伊弉冉尊

 

「檜原神社」は現在と変わらず(境内社の「豊鍬入姫宮」は後代の祭祀です)。

 

○上宮大己貴命 高宮神社坐

 

……あれ?

「高宮神社」にいらっしゃうのは、確か「日向御子神」でなかったでしたっけ?

上にあげた『大神神社』では、

 

三輪山の頂上、いわゆる高峯(こうのみね/あるいは神峯とも書く)に鎮座、御祭神大物主神の御子、日向御子神である。本殿は小さな池の中にあり、古来、干ばつの時には郷中の氏子が登拝し、降雨を祈ればかならず霊験ありとされている。」(p207)

 

と書かれています。

大物主神」の御子神、にはいろいろといらっしゃいますが、この方が「日向御子神」というのは初めて聞きますし、しかも資料によって「大己貴神」になっている、というのはどういうことなのか。

うーん……。

 

○大行事神社
左 八尋熊鰐神
中 事代主神 高宮氏
右 賀夜奈流美神 高照光姫命

 

↑こちらは、今回参拝していませんが、拝殿の南の方にある摂社です。

 

○こちら===>>>

「大神神社」(考) - べにーのGinger Booker Club

 

↑でも引用した『日本書紀』の

 

「時に、神しき光海照して、忽然に浮び来る者有り。曰はく、「如し吾在らずは、汝何ぞ能く此の国を平けましや。吾が在るに由りての故に、汝其の大きに造る績(いたはり)を建つこと得たり」といふ。是の時に、大己貴神問ひて曰はく、「然らば汝は是誰ぞ」とのたまふ。対へて曰はく、「吾は是汝が幸魂奇魂なり」といふ。大己貴神の曰はく、「唯然なり。迺ち知りぬ、汝は是吾が幸魂奇魂なり。今何処にか住まむと欲ふ」とのたまふ。対へて曰はく、「吾は日本国の三諸山に住まむと欲ふ」といふ。故、即ち宮を彼処に営りて、就きて居しまさしむ。此、大三輪の神なり。此の神の子は、即ち甘茂君(かものきみ)等・大三輪君等、又姫蹈韛五十鈴姫命なり。又曰はく、事代主神、八尋能鰐に化為りて、三嶋溝樴姫、或は云はく、玉櫛姫といふに通ひたまふ。而して児姫蹈韛五十鈴姫命を生みたまふ。是を神日本磐余彦火火出見天皇の后とす。」

 

↑の部分に登場する事代主神、八尋能鰐に化為りて、三嶋溝樴姫、或は云はく、玉櫛姫といふに通ひたまふ。而して児姫蹈韛五十鈴姫命を生みたまふ。」の神々です。

といっても、「事代主神」と「八尋熊鰐」は同じ神なのですが。

それから、『出雲国造神賀詞』に登場した、

 

「賀夜奈流美の命の御魂を飛鳥の神奈備に坐せ」

 

↑の「賀夜奈流美命」。

どちらも、おそらく「大物主神」の御子神です。

あと「高照光姫命」……はどなたでしたっけ。

今気づいたのですが、↑で引用した『日本書紀』の部分には、一言も「大物主神」ってでてきてないですね。

うーん……。

 

「○華鎮神社
四 勢夜多々良比賣 活玉依姫命也 越氏
二左 大物主神
一中 大國魂神 大己貴命荒魂也 大和神主
三右 姫踏鞴五十鈴命 高宮氏
五 事代主神

 

↑こちらは、今でいう「狭井神社」。

この書き方だと、「大國魂神」が「大己貴神」の荒魂ということになっています。

現在は「大物主神」の荒魂で、「大國魂神」とはされていませんから、いろいろ整理された時期があった模様です。

そしてまた「事代主神」がいらっしゃると……よほど大事にされたんですね。

 

「○大直禰神社
大田々禰古命 大三輪君神主

 

こちらは今と同様ですね。

 

○神寳神社
少彦名命 岡本氏神

 

こちらも、今回は参拝していません。

現代の「神宝社」としては、御祭神はいわゆる「熊野三神」になっています。

 

○石神皇后神社
三穂津姫命 高宮神主

 

こちら、今でいう「村屋坐弥冨都比売神社」のことではないかと思います(三輪からは西に少しいったところにあります)。

祭神三穂津姫命」は、国譲りの際に「大物主神」に嫁いだ、「高皇産霊尊」の御子神です。

「石神皇后神社」という怪しげな名前がひっかかりますが……「磐座」と関係あるのか、あるいは「石女(うまずめ)」を意味しているのか。

 

○一夜酒神社
佐介弭苫(さかひと)命 高橋氏神

 

こちらは今の「活日神社」でしょう。

 

○鳴宮
久延彦命

 

「なりのみや」でしょうか。

今の「久延彦神社」のことでしょう。

『大三輪鎮座次第』では、「曾富止神社」と書かれています。

古事記』に基づいているものと思われますが、なんで「なりのみや? なるのみや?」なんでしょうか……何か鳴ったのかな……。

 

○祓殿宮
瀬織津比賣神

 

「祓戸神社」です。

 

○聖眞子神 大物主神 猿伝記云 有三輪大神 密記云 正哉吾勝尊社家伝也

○日吉神天照大神三分神 密記云 大己貴命

 

このあたりは「日吉大社」絡みのようで、現在でどの摂社末社にあたるのかよくわかりません。

 

○富士権現 木華開耶姫命 大山祇命女也

 

これは今の「富士社」のようです。

 

○高鴨神 味鉏高彦根神

 

これはどこなのか……『大三輪鎮座次第」では「葛城賀茂神社がでてくるんですが、御祭神が「事代主神」なんですよね。

 

○旱鴨神 事代主命 俗に下加毛と云、御所村にあり、

 

とか言っていたら出てきました。

こちらが「葛城賀茂神社」でしょう。

いまひとつ、どこにあるのかわかりませんが……もうちょっと調べないといけませんね。

 

「人皇七代孝昭天皇女倭迹々百襲姫命、此姫娶大神大物主神事、日本紀五の巻にあり、右姫の墓は今の箸中村に有、武茅原本名は武渟祇、或は作武茅原祇也、
大田々禰古命今の和泉国大島郡上神村只神村とも云、亦陶荒田村とも云、行基菩薩土器壺を作り玉ふ所なり、此所也三輪の宮あり、大黒殿とも云夷殿とも云、岸和田邊に大山有■山と云」

 

最後はちらっと「倭迹迹百襲姫命」と「大田田根子」のお話。

 参考までに、前掲『大神神社』に掲載されている摂末社の一覧を引用しておきます(祭日は略)。

 

一、正面参道より北にある社

摂社 高宮(こうのみや)社 境内字神峯 日向御子神(ひむかいのみこのかみ)

摂社 活日神社 境内字活日川 高橋活日命

摂社 磐座神社 境内字大黒谷 少彦名神

摂社 狭井坐大神荒魂神社 境内字狭井 大神荒魂神 大物主命 媛蹈韛五十姫命 勢夜多々良姫命 事代主神

末社 市杵島姫神社 境内字鎮女池 市杵島姫命

末社 貴船神社 境内字尾尻 淤加美(おかみ)神

摂社 檜原神社 境内字檜原 天照大神若御魂神 伊弉諾尊 伊弉冉尊

末社 豊鍬入姫宮 境内字檜原 豊鍬入姫命

末社 富士社 桜井市大字茅原字大日 木花咲耶姫命

末社 厳島社 同右 市杵島姫命

摂社 神御前(かみのごぜん)神社 桜井市大字茅原 倭迹迹日百襲姫命

摂社 綱越神社 桜井市大字三輪小字御祓 祓戸大神

摂社 大直禰子神社 境内字若宮 大直禰命 少彦名命 活玉依姫命

末社 御誕生所社 大直禰子神社境内 鴨部美良姫命

末社 琴平社 同右 大物主神

末社 久延彦社 桜井市大字三輪字若宮山 久延毘古命

末社 祓戸社 境内字御手洗川 瀬織津姫神 速秋津姫神 気吹戸主神 速佐須良姫神

 

二、正面参道より南にある社

末社 御炊社 桜井市大字三輪字高宮 御膳津(みけつ)神

末社 神宝社 境内字大宮川上 家都御子神 熊野夫須美神 御子速玉神

末社 天皇社 境内字天王山 御真木入日子印恵(みまきいりひこいにえ)命(崇神天皇

摂社 神座日向(みわにますひむかい)神社 桜井市大字三輪字御子宮 櫛御方命 飯肩巣見命 武甕槌命

末社 大行事社 桜井市大字三輪字平等山 事代主神 加屋奈流美神 八尋鰐

末社 春日社 桜井市大字三輪小字平等山 武甕槌命 斎主命 天児屋命 比売神

末社 事比良社 境内字天王山 大物主神

末社 稲荷社 事比良社境内 宇賀御魂神

末社 八阪社 境内字南天王山 素戔鳴命

末社 大峯社 八阪社境内 大山祇命

末社 賃長社 右同 磐長姫命

末社 金比羅社 右同 大物主命

末社 金折(かなさき)社 境内字山崎 宇都志日金折命

末社 天宮社 境内字天宮松 天日方奇日方命

末社 神室社 境内字天峯 龗神

末社 大峯社 境内字山上ケ原 大山祇命

摂社 玉列神社 桜井市大字慈恩寺 玉列王子神 天照大御神 春日大神

末社 祓戸社 玉列神社境内 瀬織津姫・速秋津姫・速佐須良姫

末社 金山神社 玉列神社境内 金山彦神

末社 猿田彦神社 玉列神社境内 佐田毘古神

末社 愛宕社 玉列神社境内 火産霊神

 

三、奈良市内にある社

摂社 率川坐大神御子神社 奈良市本子守町 媛蹈韛五十鈴姫命 玉櫛姫命 狭井大神

末社 住吉社 率川神社境内 住吉四柱大神

末社 春日社 率川神社境内 春日四柱大神」

 

これと、

 

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「大神神社」(考) - べにーのGinger Booker Club

 

↑でも引用した『大和名所図会』の

 

「拝殿 五間に十三間、白木造なり。右の脇に勅使の座あり。
伐掛椙 本社の庭にあり。此所御供所なり。
一夜酒社 本社の北にあり。四月の祭日に、一夜に酒を造りて供するなり。
岩倉祠 本社より一町北に有り。
花鎮祠 本社の北に有り。大國谷とて明神鎮座の所なり。
貴船祠 本社より艮五町にあり。
燈明椙 本社より東四町、山の内にあり。
日原祠 本社よりも八町北に有り。天照大神御鎮座の所なり。
神宝祠 本社右の方に鳥居有り。
鴨峯祠 本社より三十町、山の上にあり。雨乞の時ここを祭るなり。
天皇祠 本社の右の方にあり。崇神天皇を祭る。
綾椙社 本社より二町南にあり。古代は大杉なり。鳥居有り。
磯城宮 本社より三町南。いにしへは笠縫里といふ。天照大神始て御鎮座の所なり。委しくは倭姫世紀にあり。
楼門 本社の楼門なり。白木造にして両脇に門守あり。
門椙 楼門の右の脇に大杉二本あり。印の門杉なり。
衣掛椙 右の方に大木の杉あり。玄賓僧都の衣をかけ給ふ所なりといふ。
夫婦石 三輪明神影向の古跡といふ。
二本椙 一株は宝永年中大風の時西の方に倒れあるなり。
御新橋 武市原長者の建立なり。
払戸社 左の脇にあり。
駒留石 四月卯の日催事に、社司此所にて出仕あり。下馬石なり。
大橋 毎年正月十一日夜神事あり。いにしへは大橋の能とて有り、今はなし。
綱掛松 毎年正月九日清浄の綱を掛くる神事あり。
旗建芝 毎年正月十日に、五穀成就の旗七本立つなり。
恵美須社 三輪の町にあり。毎歳正月六日に初市とてあり。
池田 三輪七つ池の一つなり。今池田といふ。
淵橋 むかし長谷川此所に流れし時、淵ありしゆゑに名くるなり。
菜摘田 大鳥居の右にあり。今は菜摘茶屋といふあり。
(略)
二鳥居 大橋と若宮の間にあり。
若宮社 二の鳥居より一町北にあり。太田々根子の命とも、又少彦名命ともいふ。
大鳥居 三輪の町にあり。社記に曰く、むかしは額あり。勲一等大神大物主とあり。今はなし。[観鵞百譚]に云く、神代の文字とて、三輪大明神の額といふあり。今は興福寺の庫中に在り。今ここに小書す。藤公石■(※石扁+郭)の銘の字と甚似たり。世に叔孫通なき故にしる事あたはず。
日向社 三輪山の峯にあり。今高宮と称す。[神名帳][三代実録]等に出づ。
狭井渓 水源は三輪山より狭井寺の跡を巡り、箸中に至り、纒向渓に入る。
狭井坐大神荒魂神社 三輪社の北、狭井川の南にあり。今は花鎮と称す。[神名帳]に出づ。」

 

を比較していただくと、摂社末社の様子がなんとなく掴めるのではないかと(分布に関しては、公式HPなどの境内案内を参考に)。

さて、もうしばらく続きます〜。