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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「大神神社」(続々々)〜久延彦神社・大直禰子神社〜奈良・京都めぐり〜

さてさてさて。

すでに午後に入り、相変わらず食事をしている暇もない旅ですが、「山の辺の道」を戻ります。

(道中略)。

「狭井神社」の辺りから、「大三輪の杜」という公園のようなところに向かいます。

そこの展望台から。

 

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うっすら大鳥居の向こうに見えるのは耳成山かな……。

なかなかの眺望はさておき。

 

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そのまま進むと「久延彦神社」に出ます。

 

「御祭神 久延毘古命

御例祭 九月一日

入試安全祈願祭 十二月第一日曜

(御由緒)

祭神の久延毘古命は『古事記』に、どこへも足を運ばなくても世の中の事を全て知っている神様で知恵がたいそう優れておられると記されています。

それゆえに、知恵・学問の神様として信仰を集め、学力向上・各種試験の合格をお守りくださり、今日では就職成就はもとより仕事面においても知識・智力の向上・発展に大きな御力を授けてくださります。」

 

 

古事記 (岩波文庫)

古事記 (岩波文庫)

 

 

↑の国作りの部分では、

 

「故、大國主神、出雲の御大の御前に坐す時、波の穂より天の羅摩船に乗りて、鵝の皮を内剥に剥ぎて衣服にして、歸り来る神ありき。ここにその名を問はせども答へず、また所従の諸神に問はせども、皆「知らず。」と白しき。ここに谷蟆白しつらく、「こは崩彦ぞ必ず知りつらむ。」とまをしつれば、すなはち崩彦を召して問はす時に、「こは神産巣日神の御子、少名毘古那神ぞ。」と答え白しき。(略)故、その少名毘古那神を顕はし白せし謂はゆる崩彦は、今者に山田のそほどといふぞ。この神は、足は行かねども、盡に天の下の事を知れる神なり。」

 

とあります。

注にもありますが、「久延毘古命」は案山子のことだと考えられています。

「山田のそほど」も、「山の田んぼでそぼ濡れて立つもの」という解釈が一般的で、つまり案山子のことです。

「谷蟆」は「たにぐく」と読みまして、ヒキガエルのことだとされています。

大国主神」の登場する神話(出雲系の神話)には、動物がたくさん登場します。

これらの動物は解釈によっては、「動物に仮託された現地の人たち」で、要するに「夷狄」、野蛮人を指しているのではないか、ということになります。

ですので、「たにぐく」も谷で暮らしていた人たちなのかもしれません。

案山子というのは、一本足で立たされているというイメージがありますが、昔の案山子がどうだったのかというのは知りません。

ただ、田んぼや畑を守る結界の神、境界の神ですから、相当な力を持っていたと考えられます。

イメージの源泉は「樹木」だと思うのですが、妄想をたくましくするなら、「境界を守るために、境界にはりつけにされた人柱」。

人柱なので、掘っ立て柱にはりつけにされ、結果一本足に見える。

あるいは、「逃げないように実際に足を一本切った」りしたのかもしれません。

ま、妄想ですので。

 

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これが存外高い所にありました。

 

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↑の鳥居から、さらに下がったところが入り口です。

 

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ここにも案内板。

 

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「久延彦神社」から「大神神社」方面を。

「久延彦神社」を出たら、この正面の道を右手(画面手前)に行きますと、やがて「大直禰子(おおたたねこ)神社」に到着します。

 

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「御祭神 大直禰子命

御例祭 四月八日

(御由緒)

祭神の大直禰子命は大物主大神のご子孫です。

第十代崇神天皇の御代に疫病が大流行し、国難がおこった時、天皇の御夢にあらわれた大物主大神の神託によって、茅渟県陶邑(現在の堺市)に大直禰子命を見出され、大神を祀る神主にされると疫病は治まり國が平和に栄えたとされます。

また御祭神が大物主大神のご子孫であることから若宮社とも呼ばれ、春の大神祭では若宮の御分霊が神輿に遷され、三輪の町を巡幸されます。神仏習合の時代は大神寺、後に大御輪寺として、永らく大直禰子命の御神像と十一面観音像(国宝・現在は市内の聖林寺に奉安)があわせ祀られてきました。本殿には奈良時代の大神寺創建当初の部材が残っており、貴重な神宮寺の遺構として国の重要文化財に指定されています。」

 

古事記』(岩波書店)の崇神天皇の条に、

 

「この天皇の御世に、役病多に起こりて、人民死にて盡きむとしき。ここに天皇愁ひ歎きたまひて神牀に坐しし夜、大物主大神、御夢に顯はれて曰りたまひしく、「こは我が御心ぞ。故、意富多多泥古(おほたたねこ)をもちて、我が御前を祭らしめたまはば、神の気起こらず、國安らかに平らきなむ。」とのりたまひき。ここをもちて驛使を四方に班ちて、意富多多泥古と謂ふ人を求めたまひし時、河内の美努にその人を見得て貢進りき。ここに天皇、「汝は誰が子ぞ。」と問ひたまへば、答へて曰ししく、「僕は大物主大神、陶津耳命の女、活玉依毘賣を娶して生める子、名は櫛御方命の子、飯肩巣見命の子、建甕槌命の子、僕意富多多泥古ぞ。」と白しき。ここに天皇大く歡びて詔りたまひしく、「天の下平らぎ、人民榮えなむ。」とのりたまひて、すなはち意富多多禰子命をもちて神主として、御諸山に意富美和の大神の前を拜き祭りたまひき。また伊迦賀色許男命に仰せて、天の八十平瓮を作り、天神地祇の社を定め奉りたまひき。また宇陀の墨坂神に赤色の楯矛を祭り、また大坂神に墨色の楯矛を祭り、また坂の御尾の神また河の瀬の神に、悉に遺し忘るること無く幣帛を奉りたまひき。これによりて役の気悉に息みて、國家安らかに平らぎき。」

 

とあります。

また、

 

日本書紀〈1〉 (岩波文庫)

日本書紀〈1〉 (岩波文庫)

 

 

↑の崇神七年条に、

 

「(略)昔我が皇祖、大きに鴻基を啓きたまひき。其の後に、聖業逾高く、王風転盛なり。意はざりき、今朕が世に当りて、数災害有らむことを。恐るらくは、朝に善政無くして、咎を神祇に取らむや。盍ぞ命神亀へて、災を致す所由を極めざらむ」とのたまふ。是に、天皇、乃ち神浅茅原に幸して、八十万の神を会へて、卜問ふ。是の時に、神明倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)に憑りて曰はく、「天皇、何ぞ国の治らざることを憂ふる。若し能く我を敬ひ祭らば、必ず当に自平ぎなむ」とのたまふ。天皇問ひて曰はく、「如此教ふは誰の神ぞ」とのたまふ。答へて曰はく、「我は是倭国の域の内に所居る神、名を大物主神と為ふ」とのたまふ。時に、神の語を得て、教の随に祭祀る。然れども猶事に於て験無し。天皇、乃ち沐浴斎戒して、殿の内を潔浄りて、祈みて曰さく、「朕、神を礼ふこと尚未だ尽くならずや。何ぞ享けたまわぬことの甚しき。冀はくは亦夢の裏に教へて、神恩を畢したまへ」とまうす。是の夜の夢に、一の貴人有り。殿戸の対ひ立ちて、自ら大物主神と称りて曰はく、「天皇、復な愁へましそ。国の治らざるは、是吾が意ぞ。若し吾が児大田田根子を以て、吾を令祭りたまはば、立に平ぎなむ。亦海外の国有りて、自づからに帰伏ひなむ」とのたまふ。

秋八月の癸卯の朔己酉に、倭迹速神茅原目妙姫・穂積臣の遠祖大水口宿禰・伊勢麻績君、三人、共に夢を同じくして、奏して言さく、「昨夜夢みらく、一の貴人有りて、誨へて曰へらく、『大田田根子命を以て、大物主大神を祭ふ主とし、亦、市磯長尾市を以て、倭大国魂神を祭ふ主とせば、必ず天下太平ぎなむ』といへり」とまうす。天皇、夢の辞を得て、益心に歓びたまふ。布く天下に告ひて、大田田根子を求ぐに、即ち茅渟県の陶邑に大田田根子を得て貢る。天皇、即ち親ら神浅茅原に臨して、諸王卿及び八十諸部を会へて、大田田根子に問ひて曰はく、「汝は其れ誰が子ぞ」とのたまふ。対へて曰さく、「父をば大物主大神と曰す。母をば活玉依媛と曰す。陶津耳の女なり」とまうす。亦云はく、「奇日方天日方武茅渟祇の女なり」といふ。天皇の曰はく、「朕、栄楽えむとするかな」とのたまふ。乃ち物部連の祖伊香色雄をして、神班物者とせむと卜ふに、吉し。又、便に他神を祭らむと卜ふに、吉からず。」

 

とあります。

「大直禰子命」の親神に少々違いはありますが、おおよそのところ一致した内容です。

 

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本殿(?)前には、「桜」「橘」があります。

 

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「御饌石

この御石はお正月のご神火まつりの時、久延彦神社に神饌をお供えする石です。知恵の神様久延彦神社へお参り出来ない方はここから遥拝してください。」

 

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天水桶には神紋。

三輪の杉、でしょうか。

 

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こちらは……なんでしたっけ。

 

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本殿向かって左側にあるのが「御誕生所社」。

祭神は「鴨部美良姫命」……どなたでしたっけ?

 

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「喫煙禁止

たき火禁止

裸火禁止」

 

「裸火ってなんだろう?」と思ったら、ちゃんとした日本語でした。

 

 

 

ふう……これで「大神神社」と北側の摂社をめぐり終えました。

本当なら南側も攻めなければいけないのですが、次がありますので……「石上神宮」は欲張らず明日にすればよかったかなぁ……。

引用などは次回に〜。

 

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いただいた御朱印はこちらです。