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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「大神神社」〜奈良・京都めぐり〜

10/30。

「久米寺」を後に向かったのは、奈良に来たならもう行かねばなるまい、の大神神社です。

 

○こちら===>>>

oomiwa.or.jp

 

予定では「大神神社」の後に、「石上神宮」まで上っていく(途中でちょっと寄り道)だったので、どのくらい居られるかわからず、ざっくり回るだけになってしまうかな、と嫌な予感。

 

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とりあえず、大鳥居近くの駐車場に車を停めました。

 

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この先に「大神神社」が……あれ、もっと近くにあるものだと……と、遠いぞ……。

 

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JR桜井線の線路を越えて、まだまだ……もっと近くの駐車場にすればよかった。

 

そうですね、10分〜15分くらい歩いたでしょうか、やっと二の鳥居の近くに。

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案内板があったのですが、

 

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あれ……見るところが多い……。

事前に少しだけ調べたところでは、「狭井神社」「檜原神社」は回らねばと思っていましたが、まさかこんなにも?

時間が足りない……いやいたし方ない、行けるところだけ行きます。

本来なら半日コースじゃないですか……。

 

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渋い風合いに神さびた鳥居。

 

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まだ歩けと……。

 

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やっと神橋が見えてきました。

 

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入り口ですので「祓戸神社」。

 

「御祭神 瀬織津姫神 速秋津姫神 気吹戸主神 速佐須良姫神

御例祭 六月三十日

(ご由緒)

二の鳥居から参道を進むと最初に鎮座する神社で、諸々の罪・穢れを祓う祓戸の四柱の神様をまつります。神社の参拝はなによりも清浄を期すことが大切で、心身共に清らかになって参拝するために最初にこの神社に参拝します。」

 

神社好きには自明のことですが、本来であれば参拝にあたって「禊ぎ」をしなければならないのですが(実際、川や池で身を清めてから、という神社もありましたし、「宗像大社」なんかは島に渡る前に水垢離をしなければなりません)、それも神様にやっていただこう、というのが「祓戸大神」四柱です。

こちらの方々は、記紀に登場するのはお一方だけで、後の方は「大祓詞」の中に登場します。

古い伝承があるのかもしれませんが、どちらかといえばその機能(職能)から「お祓い」に重宝され、実際の祓いの場面でもお力を発揮されたのではないかと思います。

お名前からわかるように、とにかく「流す」「送る」、穢れを遠くに(最終的には黄泉の国まで)持っていっていただくのです。

 

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深い木々に抱かれて、階段……そうですよね、登らないとね……。

 

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と、その前に由緒書。

 

大和国一之宮 三輪明神

大神神社

祭神 大物主大神

配神 大己貴神 少彦名神

当神社は、秀麗な三輪山を神体山とする我国最古の神社で、元官幣大社延喜式内の名神大社二十二柱の一柱で、大和国一宮、全国各地に配祀せられる大物主神総本社であります。

大物主神は、大国主神の和魂(にぎみたま(幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)))で、大国主神が神代の昔、国造りに労せられたとき、その和魂が現れ、問答の後、自らこの三輪山に鎮まられたのであり、農工商等あらゆる産業を開発し、常に日常生活全般をお守り下され、顕界・幽界を主宰し給う和の大神であります。

その御神徳は極めて広大であり、古事記日本書紀万葉集等の古典により明瞭に伺えます。大和・河内・摂津はもとより、広く全国ににわたって篤い信仰を集めています。

山麓は、崇神天皇から推古天皇に至る十三代の皇居遺跡があり、この地は当時の国道一号線とも言うべき山の辺の道を動脈として、飛鳥以前四・五世紀の日本の政治経済の中心をなしていました。

境内地は、現在古都保存法による歴史的風土三輪山特別地区及び国の史蹟に指定されています。

三輪山 標高四六七メートル・周囲十六キロメートル 面積三五〇ヘクタール

三ツ鳥居(国の重要文化財

明神鳥居三基を組合わせた独特の形式は、古来一社の神秘とされています。

拝殿(国の重要文化財) 寛文四年(1664)四大将軍徳川家綱公改建

(略)」

 

我国最古、とうたう資格のある神社です(実際のところはともかく)。

 

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急に暗くなった。

 

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こちらが拝殿です。

 

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江戸時代の建物か、新しいな……と思ってしまいますが、十分古いです。

 

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こちらにも由緒書。

 

「(略)

大物主大神は、世に大国主神(大国様)の御名で知られる国土開拓の神で、農工商業等のあらゆる産業を開発し、方除・治病・造酒・製薬・交通・縁結び・開運等、世の中の幸福を増進することを計られた人間生活万般の守護神であります。

後に神様の御思召しによりその御魂(幸魂・奇魂)を三輪山に永くお留めになり、それ以来、秀麗な三輪山を御神体と崇めて、本殿は設けず拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し、お山を拝するという原初の神祀りを今に伝えている我が国最古の神社であります。

この三輪の地は古く大和の文化発祥の地であり、当時の主要道路である山の辺の道の陸路、日本最古の市場である海柘榴市(つばいち)を終点とする初瀬川の水路により殷賑を極め、国家黎明期の政治・経済・文化の中心地でありました。

その後も、当社に対する朝野の尊崇は殊に篤く、中古よりは大和国一宮となり、名神大社二十二社の一つに列せられ、大神の神光はあまねく国内に広がりました。

(略)」

 

というわけで、本殿がなく拝殿のみ、という形式は、「諏訪大社」でも見られましたが、そもそもの御神体(山、岩等)があるのに、本殿を作る必要はなかろう、ということなのかもしれません(逆に、そういった御神体がない場合は、本殿が必要になってきます)。

 

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境内にある「巳の神杉」。

 

「(御由緒)

祭神の大物主大神が蛇神に姿を変えられた伝承が『日本書紀』などに記され、蛇神は大神の化身として信仰されています。この神杉の洞から白い巳さん(親しみを込めて蛇をそう呼ぶ)が出入りすることから「巳の神杉」の名がつけられました。

近世の名所図会には拝殿前に巳の神杉と思われる杉の大木が描かれてあり、現在の神杉は樹齢四〇〇年余のものと思われます。巨樹の前に卵や神酒がお供えされているのは巳さんの好物を参拝者が持参して拝まれるからです。」

 

「巳さん(親しみを込めて蛇をそう呼ぶ)」……ゆるキャラは決まりですね(罰当たり)。

出入りしていたのはアオダイショウだと思われます(マムシじゃゆるキャラになりませんから<だから罰当たり)。

確かに、卵をお供えされていく方がいらっしゃいましたが……「蛇が卵を丸呑みする」ところはあまり気持ちの良い姿ではないですけれど。

蛇神に化けたのか、もともと蛇神なのか、についてはいろいろな説があります。

 

拝殿でのお参りをすませ、御朱印をいただき、ついでに書籍を購入。

拝殿後ろの「三ツ鳥居」も拝見することができるのですが、今回は先を急ぐので。

何しろこれから「山の辺の道」を歩かなければいけませんもので……というところで続きます。