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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「鷲宮神社」(続々)〜関東巡り〜

さてさて。

 

○こちら===>>>

国立国会図書館デジタルコレクション - 埼玉叢書. 第3巻

 

名所図会系に「鷲宮神社」の記事が見つけられなかったので、↑から。

103コマです(引用にあたって旧字をあらためた箇所あり/判読不能文字は■に置き替える)。

 

「『武州埼玉郡太田庄鷲宮大明神由緒書並私家由緒書』

宮司 大内隼人
一 鷲宮大明神之神躰者、天照皇大神宮之皇子、武蔵国天穂日命に而土師之連等祖也と日本記神代巻に相見え申候通に御座候。惣て神代之儀は神秘御座候故、神躰系図秘密之儀略仕一通に相認申候。
一 相殿者大背飯三熊之大人天夷鳥命。別殿神崎荒魂。別宮末社十七社御座候。
一 人皇十二代景行天皇御宇、日本武尊遷宮由御座候。
一 東鑑にも相見え申候通、人皇八十二代後鳥羽院御宇、頼朝卿御宮御建立之由申伝來候。建久四年十一月武蔵太田庄鷲宮寳前に血流ると、筮曰兵革之兆し也、因奉神馬鹿毛源頼朝使榛谷四郎重朝荘厳社壇云々。下略。
一 人皇九十一代伏見院御宇、正応五年壬辰九月相模守平朝臣貞時再興棟札御座候。
一 人皇百代後円融院御宇、応安五年壬子十二月、小山判官下野守藤原朝臣義政。同義通信心に付修理被致候時、義政より爲寄進青江吉次之太刀神納に令納置候。其外七珠宝物等御座候。
一 宮之儀は飛騨内匠大工之由棟札にも相見え申候。
一 但先例年中之宮禮毎月於神前
天下御安全之御祈祷奉幣、唯一神道三段行事神楽催馬楽。別而正五九霜月大神事執行仕候。
一 鷲宮大明神は唯一之神にて古来者社僧無御座候由。然處元禄三午年被仰付供僧建立仕候。然共別当にては無御座供僧迄之儀に御座候。惣て神前神事祭礼之砌供僧相交候儀は曾て無御座私支配にて御座候。以上。

由緒書 本国下野生国武蔵 家之紋左三ツ巴大之字指物幟半三本志祭伊 大内隼人

私家之儀者天兒屋根命より代々嫡孫大職官鎌子大臣より私迄四十六代中興田原藤太秀郷より三十七代相続仕候。
権現様奥刕景勝御陣之節、武刕栗橋利根川船橋にて御出馬被爲遊候刻、御船及半途御船綱切れ申候節、私より七代先祖大内弾正少弼泰秀と申者川中に飛入、御船引留申候。右之御忠切に付、御盃頂戴、御太刀御馬並御紋付時服一重御紋蒔絵之御銚子御盃拝領仕、其後武官之神職に被爲、仰付。鷲宮爲社領四百石之 御直御墨印之御書拝領仕、依て御代々御朱印頂戴仕來候。

(略)

右之通御由緒御座候、神領禁札社地下馬札等前々より私方に而建置來候。代々武を兼候に付、所之仕置惣而社人出入等迄萬事私心次第に仕置申付候。依て鑓をも爲持来候儀は武を兼候様に被 仰付候印に而御座候。将又私家昇進之儀は三位迄位階仕成候。且先規も北條氏直氏政より先祖大内大和守晴泰、同弾正少弼泰秀父子に加勢頼成候書状、今に所持仕候。彌以武官之印に御座候。以上
宝暦九己卯年十二月 武蔵国鷲宮宮司 大内隼人」

 

神社の由緒書の内容は、こちらからとられたものと思われます。

日本武尊」の東征伝説のおかげで、その足跡らしき神社が関東の古社に見られます。

 

○こちら===>>>

「鷲神社」(浅草名所七福神) - べにーのGinger Booker Club

「大鳥神社」 - べにーのGinger Booker Club

 

↑などです。

由来は様々ですが、「元々、関東には「鳥」を祀る神社があり、「日本武尊」は戦勝祈願などでそこを訪れた」というパターンが一つあります。

鷲宮神社」も、そのパターンなのかもしれません。

祭神が「天日鷲命」となっているのが「鷲神社」ですね(後付かも)。

武蔵国造が「天穂日命」「武夷鳥命」の後裔を自認していたのであれば、それに関連する神社が古くからあってもおかしくないので、「鳥」あるいは「太陽の鳥」があったもの、と思いましょう。

「私家之儀者天兒屋根命より代々嫡孫大職官鎌子大臣より私迄四十六代中興田原藤太秀郷より三十七代相続仕候。」ということからすると、大宮司の大内氏は中臣系で、しかも藤原秀郷(俵藤太)の末裔でもあった、といいたいようです。

まぁ、この辺りの家系はよくわからないんですが。

 

「権現様奥刕景勝御陣之節、武刕栗橋利根川船橋にて御出馬被爲遊候刻、御船及半途御船綱切れ申候節、私より七代先祖大内弾正少弼泰秀と申者川中に飛入、御船引留申候。右之御忠切に付、御盃頂戴、御太刀御馬並御紋付時服一重御紋蒔絵之御銚子御盃拝領仕、其後武官之神職に被爲、仰付。鷲宮爲社領四百石之 御直御墨印之御書拝領仕、依て御代々御朱印頂戴仕來候。」

 

この部分は、

 

「神君家康公が奥州に旅立つとき、武州栗橋利根川船橋で馬に乗って遊んでいたところ、船が川の半ばまで流れ綱が切れてしまった。先祖の大内弾正少弼泰秀が川の中に飛び込んで船を引き止めた。この忠義のために、家康公から盃、太刀、馬、紋付単衣、蒔絵入の銚子・盃などを下さった。」

 

といった意味でしょう。

「大内泰秀」という人物はwikipediaに引っかかりませんでしたが、

 

○こちら===>>>

足利高基 - Wikipedia

 

↑三代目古河公方の「足利高基」という人物の子供に「大内晴泰」という人物がいるようです。

由緒書中に、「先祖大内大和守晴泰、同弾正少弼泰秀父子」とあることから、「足利高基」の子、「大内晴泰」の子が、「大内泰秀」ということになり、傍系とはいえ古河公方の末裔ということになるようです。

すみません、本当に中世〜近世の日本史が全滅なもので。

 

続いて、

 

○こちら===>>>

国立国会図書館デジタルコレクション - 埼玉県神社特殊神事

 

↑の25コマより。

 

「県社鷲宮神社

一 祭名 夏越祭
(略)
一 催事の由来及起源
当社祭神は、天穂日命を祀り、天夷鳥命を相殿に祀れり。又別宮、神崎神社には大国主命を祀る。大国主命出雲国造武蔵国土師連の遠祖なり。旧事紀に見えたる如く、上代大国主神、天羽車の大鷲に乗りて、天の下を経営し給ひし折から、此地に幸魂の鎮りましてより、鷲の宮とは称せり。又土師宮の転じて鷲宮と唱へ来れるなりと。されば世に鷲宮と称する社所々にあれども、当社を以て本とす。故に当国の本宮と云ふなり。此郡の名も、此神の幸魂の御稜威四方に輝き、庶民霊徳を蒙りける故、広く郡の名におひしを、和銅の勅宣(元明天皇)により、埼玉とは書きあらためしものなり。さて神典に見えたる如く、天穂日命、高産霊尊の勅によりて、大国主神の祭祀をつかさどらむが爲、此所に御還幸のをりから、大河ありて渡御遊ばしがたかりしを、土俗等船を作り浮めて送り来りける所、今は陸地をなりぬれど、其旧跡を失はずして、船越村とよべり。其次に水深村小浜村、長澤村などすべて此辺水縁の古名多し。萬葉集武蔵国の歌に

佐吉多萬能津爾遠流布彌乃可是乎伊多美都奈波多由登毛許止奈太延曾禰
(サキタマノツニオルフネノカゼヲイタミツナハタユトモコトナタエソネ)

かく歌もありけり。当社は県内屈指の古社なれば、随て慣行の特殊神事も少なからず。
(略)」

 

大国主命出雲国造武蔵国土師連の遠祖なり。」……あれ、この書き方はまずいんじゃないでしょうか。

あくまで遠祖は「天穂日命」で、「大国主命」は彼らが祀った神、ということにしておかないと。

まぁいいんですが。

「旧事紀に見えたる如く、上代大国主神、天羽車の大鷲に乗りて、天の下を経営し給ひし折から、此地に幸魂の鎮りましてより、鷲の宮とは称せり。又土師宮の転じて鷲宮と唱へ来れるなりと。」……なるほど、『先代旧事本紀」にはそんなことが書かれていましたか。

「されば世に鷲宮と称する社所々にあれども、当社を以て本とす。」……本家元祖ですよ、と。

「さて神典に見えたる如く、天穂日命、高産霊尊の勅によりて、大国主神の祭祀をつかさどらむが爲、此所に御還幸」……出雲神を祀るのに、どうして関東まできたんでしょうね。

関東まで、朝廷の影響力が及んでいたことは、稲荷山古墳から出土した鉄剣の銘文などから推測されます。

そこに出雲神を祀ったとなると、これはもう「境界の神」としか思えません。

いえ、わかりませんが。

 

○こちら===>>>

国立国会図書館デジタルコレクション - 神社詣で

 

↑53コマ。

 

「懸社 鷲宮神社
(略)
祭神 天穂日命・(相殿)武夷鳥命。(合祀)九柱。大己貴命
(略)
由緒 当社は神代に創立せられてゐる。
一、皇室 崇神天皇御宇、太田々根子命司祭景行天皇御宇、日本武尊造営、鎮祭八握の剣を奉る。明治天皇明治元年准勅祭社治定。明治天皇、明治二十九年十月御参拝祭祀料御下賜。
一、国造 成務天皇御宇、兄多毛比命司祭、子孫祭主となり造営司祭。
一、武門 藤原秀郷源義家源頼朝源義経源実朝、北條時頼、北條貞時、足利尊氏、藤原義政、同義通、古河久方成氏、徳川家康等の崇敬厚かつた。
(略)
当社に伝はる、古代神楽「十二座の神楽」は毎大祭に奉納せらるるが、まさに国宝的。
当社は古より俗に「大鳥明神」とも称え「お酉様の本家本元」で、十二月初酉日は「大酉祭」が執行され、非常なる盛儀を極める。
(略)」

 

現在の由緒書に近い書き方がされていると思います。

それにしても、崇神天皇御宇、太田々根子命司祭」がよくわからないんですよね。

確かに、「崇神天皇」の御世、祟りなす神を鎮めるため、「太田田根子」に「大物主神」を祀らせています。

古事記」では、神君、鴨君の遠祖とされていますが……これは単に「大物主神」を祀った、というだけで、何も武蔵国までわざわざやってきて祀ったわけではないのでしょうか。

鴨君といえば、前回の妄想でも登場したので、気になるといえば気になりますが……深くなるのでこの辺りで〜。

 

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境内には、こんなお社もあります。

「久伊豆神社」。

「ひさいず」と読みます。

 

日本の神様読み解き事典

日本の神様読み解き事典

 

 

↑より、

 

「……埼玉県荒川畔に点在する久伊豆神社の各社がそれである。

そのうちでも、特に交通の便のよい埼玉県岩槻市太田の久伊豆神社(元県社)に参詣祈願する人が多いという。(略)久伊豆神社東武鉄道岩槻駅から徒歩十五分のところにある。祭神大己貴命大国主命)とされている。(略)このほか、久伊豆神社は荒川添い各地に五十六社もある。」

 

とのことです。

うーん、どこかで寄れたんじゃないだろうか……と今後悔しても遅いです。

「久伊豆神社」は、漢字の読み方から、いつの間にか「クイズの守護神」になってしまったようです。

 

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こういう新しめゾーンもあります。

 

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帰り道で見つけました……なんというのか、夢破れて感が……。

 

全然人もおらず、かなり堪能できました「鷲宮神社」。

あらたな妄想もいただいたことですし、有難や有難や〜。

 

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