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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「丹生都比売神社」

5/2。

 

○こちら===>>>

「高野山金剛峯寺」 - べにーのGinger Booker Club

 

↑友人を引き連れて「高野山」に出向きました。

帰り道、ここまで来たのだから、とちょっと遠回りをして、行ってまいりました「丹生都比売神社」

 

○こちら===>>>

丹生都比売神社

 

 

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石碑。

なんとなく、ピントが合っていない写真が続きますがご容赦を。

 

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案内板。

 

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鳥居。

 

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くぐると輪橋があります。

 

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構造物萌えにはたまらないですね。

 

 

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第二の鳥居。

 

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祭神は、

 

「第一殿 丹生都比売大神

第二殿 高野御子大神

第三殿 大食都比売大神

第四殿 市杵島比売大神

若宮 行勝上人」

 

です。

 

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由緒書き……が長い上に細かい……。

 

「当社の創建は古く、少なくとも今から千七百年前のことと伝えられる。現在■日本最古の祝詞のひとつである「丹生大明神告門」によれば、丹生都比売大神は天照大御神の妹神で、紀ノ川流域の三谷に■■、紀州・大和を巡られ農耕を広め、この■■■■に鎮座された。

また、播磨国風土記によれば、神功皇后の出兵の折、丹生都比売大神の託宣■■■、衣服・武具・船をすべて朱色に塗ったところ戦勝することが出来たため、これ■■■■応神天皇が社殿と広大な神領を寄進されたとある。丹は朱砂を意味し、その■■■■るところに「丹生」の名前がある。丹生都比売大神は、この地に本拠を置く日本■■■朱砂を採掘する一族の祀る女神とされる。全国に丹生神社は八十八社、丹生都比売を祀る神社は百八社、摂末社を入れると百八十社余を数え、その総本社である。

御子の高野御子大神は、■■の根本道場の地を求めていた弘法大師空海の■■■■と黒の犬を連れた狩人に化身して現れ、空海高野山へ導いたと今昔物語にある。空海は、日本人の心に根ざした仏教を■■するために、大神のご守護を受けて、神々の住む山を借受け、真言密教の総本山高野山を開いた。そして、古くからの日本人の心にある■■を大切にし、自然の恵みに感謝する神道の精神が仏教に取り入れられ、当社と高野山に於て、神と仏が共存する日本人の宗教観が形成された。当社の■■には、数多くの■■が建てられ、明治の神仏分離■で神と仏が相和して五十六人の神主と僧侶で守られてきた。

高野山に参詣する表参道である町石道の中間にある二つ鳥居は、神社の境内の入り口で、まず地主神である当社に参拝した後に高野山に登ることが慣習であった。

現在の本殿のかたちは、今から八百年前の鎌倉時代に、行勝上人により、■■神宮から大食都比売大神、厳島神社から市杵島比売大神が勧請され、合わせて四柱■■■■室町時代の火事により、復興されたものである。

一、社殿と文化財

朱塗りに彫刻と彩色を施した壮麗な本殿は、一間社春日造では日本一の規模を誇り、楼門とともに重要文化財に指定されている。他に文化財としては、国宝の銀銅蛭巻太刀、重要文化財の木造狛犬四対、木造鍍金装神輿、金銅琵琶等多数ある。」

 

……テープとかビニールのたるみで見えない部分は■で置き換えましたが、だいたいわかると思います。

 

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楼門前の狛犬さん。

 

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楼門から本殿を正面で撮影することは憚られたので、横から。

見事な春日造です。

 

本殿向かって左の方に、

 

 

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「佐波神社」があります。

明治時代に、上天野地区の諸社を合わせ祀った、と神社でいただいた由緒書にありました。

積み石が面白いです。

 

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両翼の伸びる楼門。

露出がだめだめです。

 

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まだこっちの方が、雄大さが伝わるでしょうか。

 

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もちろん、「高野山」開創1200年とも連動しています。

その割に、お山に比べたら参拝客が……。

 

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先ほどの輪橋、実は渡ることができます。

鏡池には、「不老不死になった八百比丘尼と言う尼僧が池にその姿を映し、年老わない自分を嘆き鏡を投げ入れたと伝わる」と案内板にはあります(多分……ピントがあわずきちんと読めないもので)。

こんなところで「八百比丘尼」登場とは。

伝承だけなら全国にありますが、ううむ見逃していた……。

池の中央の祠は、「八百比丘尼」を祀っているのでしょうか。

それとも投げ入れた鏡か。

 

境内や近くには他にも卒塔婆群や、

 

 

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宝篋印塔といった、仏教関係の遺物も見受けられます。

さすが「高野山」、といっていいものやら……。

 

どうも、写真の撮り方が下手なので、消化不良な感じがありますが。

雄大な自然のうち懐に抱かれて調和した風景と、そこに刺すような朱色の鮮やかさ。

やはり、丹塗りの神社は若葉の季節が合うような気がします。

 

引用などは次回に〜。