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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「八劔神社」

9/24。

「手長神社」のご神職のお導きで、「八劔神社に参拝することとなりました。

 

◯こちら===>>>

さわやか信州旅.net:長野県公式観光Webサイト

 

車で移動しても駐車場がないだろう、と思いまして、「手長神社」から徒歩で移動。

…。

……。

………。

 

うん、案外遠かった……。

 

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こちらも旧県社。

 

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諏訪市文化財として、「木製狛犬」「木製角力人形」「武田晴信寄進状」「御枕屏風・松平忠輝遺品」が蔵されているそうです。

 

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諏訪市有形文化財 御渡帳 諏訪市無形民俗文化財 御渡り神事

当神社には、天保三年(1683)以降明治五年までの御渡りの記録「御渡帳」が伝わっている。諏訪の七不思議の一つである諏訪湖の御渡りは、古くから広く世に知られていた。

当神社の特殊神事である御渡りの拝観は、宮司・氏子総代・古役等が御渡りの下座(くだりまし)・上座(あがりまし)の地点を確認してその年の農作物の作柄や気候等を占い、諏訪大社上社へ注進奉告するものである。」

 

「御渡り」というと、冬に凍結した諏訪湖の表面に、巨大な亀裂が走る、というあれですね。

近年は、観測できない年もあるそうです。

一度実際に見てみたいものですが、そんな寒い時期には来られません。

「諏訪の七不思議」に数えられているそうです。

そんなものがあるとは知りませんでした。

後で調べてみようっと。

「御渡り」自体は、現在では自然現象ということが判っているので、不思議でもなんでもないのかもしれませんが、往昔には、確かに「神が渡った」としか考えられないでしょうね。

ミステリで、「足跡」トリックというのがあります。

基本的な構造は、A地点(殺人の現場)と、B地点(登場人物達のいる場所)の間を移動した足跡が残っている、しかしその足跡をつけることが登場人物達には不可能だったり、行き(帰り)の足跡しか残っていないことからアリバイ云々という話になったりするやつです。

誰か、

 

「御渡り」を壮大な「足跡」トリックに使ったミステリ

 

を書いてもらえないものでしょうか(有栖川有栖先生か、芦辺拓先生か)。

こんにちは、妄想です。

 

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正面鳥居の手前に石橋。

川はありません。

わざわざ?

もともと川があったのでしょうか。

それとも、他の理由で是非とも橋が必要だったのでしょうか。

 

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正面に平入の社殿があります。

これが拝殿かな、と思ったんですが、何か違うような気がします。

というか、これだけ豪快に参道を遮って建っているって……とここで思い直したのが、「諏訪大社下社」の構造。

あちらも、参道を遮るように「神楽殿」が建っていました。

しかも結構厳重な注連縄つき。

うーむ、この社殿配置が江戸期からなのか、昔からそうだったのかがわからないことには何とも言えませんが。

例の高田崇史式「怨霊の見分け方」によれば、「参道が直角に曲っている」と、そこには怨霊神がいらっしゃる、と。

愛知県下の神社では、「蕃塀」という、参道を遮るようにして建つ塀がありますが、この配置と似ているのかもしれません。

「蕃塀」の機能には様々な説がありますが、諏訪のこの配置はどう考えられているのでしょうか。

 

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正面入口付近の石群。

何かの表現なのでしょうか。

 

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参道左手の碑(「御昇格記念」)。

 

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謎の拝殿を右によけると、また拝殿が姿を現します。

 

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「八劔神社御由緒

劔神社八千矛神(やちほこのかみ)主祭神日本武尊(やまとたけるのみこと)と誉田別尊(ほむたわけのみこと)を合せて祀る小和田の氏神である。古来は船湛神主によって奉祀され、諏訪神社に準じた神事を行なうとともに、諏訪湖の御渡り拝観という特殊神事を守り伝えてきた。天正十八年(1590)高島築城に際し城地にあった八劔神社と高島村は現在地に遷された。初代高島藩主諏訪頼水は当社を城の鎮護神社として以来歴代の藩主は産土神として篤い崇敬の念を寄せ、社領、絵馬、神宝等を寄進している。江戸時代の末までは諏訪神社の矢島権祝が神官として仕えた。

大祭は夏の虫除け祭り(現行七月第一日曜日)、秋の例大祭ーみかん祭り(現行十二月第一日曜日)の他、七年目毎の寅申の年に御柱大祭が斎行される。御柱大祭には、御柱の曳建てとともに御本殿の立替えを遷座祭が行われ氏子地区毎に御遷宮の飾り物を作って奉祀し、その宏大豪華さを競った。

諏訪の七不思議の第一にあげられる「諏訪湖の御渡り」は諏訪名神が氷の上を渡られた跡といわれ、御渡りができれば氷上を人馬が渡っても危険でないとされてきた。当社には天和三年(1680)以降の御渡り拝観の記録「御渡り帳」が伝わり今日まで書き継がれている。拝殿は嘉永元年(1848)に上棟したもので、彫刻は立川専四郎富種の手になるものである。」

 

八千矛神(やちほこのかみ)」というのは、「大国主神」の別称です。

大国主神」にはいくつもの別称があるため、複数の神格が合わさったものだと考えられています。

そのうち「八千矛神(八千戈神)」は、武神としての性格を表現していると考えられています。

記紀神話では、武神としての様子がほとんど見えませんが、『風土記』では「高志の国を攻めた」(『出雲国風土記』)り、「天日槍と谷を奪い合った」(『播磨国風土記』)りしています。

それでもまぁ、「八千矛神」とはあまり呼ばれていませんが。

「八剣神社(八剣社)」は、日本全国にあると思いますが、どこかの時点でそういう名前が流行したのかもしれません。

「八剣」を「八本の剣」と考えるか、「八」を「大きい・多い」という意味で考えるか、とにかく武神の系統ではあるのでしょう。

素戔嗚尊」、「大国主命」、「日本武尊」、それから「応神天皇(誉田別尊)」、辺りが御祭神でしょうか。

熱田神宮」の別宮は「八剣宮」です。

 

船湛神主」を検索してみたのですが、引っかかるのはこちらの案内板ばかり。

「湛(たたえ)神主」、というものがこの地方にいたようです。

それで検索してもよくわかりませんでしたが、「船を湛える神主」ということで、諏訪湖の水運を祈念するような立場だったのかな、と思います。

 

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拝殿。

諏訪大社下社」の弊拝殿に……は似てませんか。

かろうじて平入で唐破風が……くらいは似ていますか(あちらが豪華すぎる、というだけなのかもしれません)。

 

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扁額。

 

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御柱

 

さて、こちらの境内もなかなかのワンダーランドだったので。

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……いきなり読めませんけれども。

 

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右から「菅原神」「天照皇神」「事代主神」。

 

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……どちら様なのか。

 

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「穂見神社」(だと思います)。

 

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「新海神社」。

 

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……茸?

 

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札が全然読めませんでした。

うーん、またこちらもずいぶん寄せられたものです。

これだけ寄せられていると、廃絶せずによく残された、と考えるべきなのかもしれません。

 

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本殿。

 

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……これはどこから撮影したものだったか……。

 

さてさて、Googleマップで「八劔神社」を見ると、お隣に「甲立寺」というお寺がありました。

ちらりとのぞいてみると、こちらもワンダーランドだったのでお詣りすることに。

 

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なかなか……形容詞が思いつきませんが……お寺です。

 

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何て書いてあるかまったく読めませんが、何となく「弁天堂」かなぁと。

 

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うーん……どちらの仏様なのか……偶然、左手に持っている宝珠にカメムシがとまっている、という。

「弁天様」かな……。

持ち物から仏像を判断できるようになれるといいのですが……。

 

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ここには「辯財天」の文字があります。

 

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「鏝塚」。

「こて」です。

 

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こちらも……なんだか全部「弁天様」に見えてきますね。

 

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庚申塚に「弘法大師」に。

 

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「八劔山甲立寺はもと高島にあり、八劔神社別当寺で武田信玄が再興し、日根野高吉によって現在の地に移され、代々高島藩主家の祈願所として帰依をうけた寺である。(略)」

 

中、見せていただけるんでしょうかね。

 

さきほども書きましたが、「八劔神社」と名前がつく以上は、武神・軍神であると思われるのですが、諏訪には軍神としては最強クラスの「諏訪大神」=「建御名方神」がいらっしゃいます。

わざわざ別の武神を祀る必要もないのではないか、と思います。

諏訪大社」が先なのか、こちらの「八劔神社」のほうが先だったのか。

「御渡り」を観測するのが武神の役割とも思えませんし。

 

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一旦駐車場に戻りまして、「手長神社」でご紹介いただいた三つのうち最後、ということはもちろん……に向います。

 

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駐車場に戻る途中、こんなお寺を発見しました。

時間の都合でお参りはできませんでした……。

残念。