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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「定額山善光寺」

9/23。

別所温泉を後にして、長野参拝旅行初日のメインイベント、善光寺へ。

 

◯こちら===>>>


信州善光寺公式ホームページ

 

離れたところに駐車してしまったので、しばらく歩きまして、

 

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まずは仁王門。

 

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「仁王門

現在の仁王門は当県山形村の永田兵太郎をはじめとする全国信徒の篤志により、大正七年(1918年)に再建されました。間口約十三メートル、奥行約七メートル、高さ約十四メートル、屋根は銅瓦葺です。

仁王像および背面の三宝荒神像・三面大黒天像は、近代彫刻の巨匠高村光雲と米原雲海の合作です。「定額山」の額は伏見宮貞愛親王の御筆によるものです。」 

 

100年ほど前のものですが、既に古色がまとわりついています。

あと、「仁王門」なので、草鞋です。

 

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「三面大黒天」と「三宝荒神」を……うまく撮影出来ず。

大きさは伝わるでしょうか。

三宝荒神」というのは、いわゆる「竃の守護神」です。

知名度が高いはずですが、何しろ竃が失われて久しいので、流行からはずれていった神と言えるでしょうか。

 

密教辞典

密教辞典

 

 

↑によれば、

 

「(1)神道では<荒(すさ)ぶる神>で、素戔嗚尊の子孫。

(2)仏教では本軌なく、役行者の感得とも伝え、或いは大日経疏 に説く剣婆か。堅牢地神が大地を安定するに反して、地震等の災害を司るという。

(3)陰陽道にいう御年神・奥津彦・奥津姫の三神として竃神に同じという。不浄を嫌う為、家中の最浄処たる竃に居るという。

民間信仰では、その他地主神・山の神・氏神の意で、しかも、はげしい性格で祟り易い神とする。神仏習合で成立したらしく、形像も様々。」

 

 とのこと。

 

また、

 

日本の神様読み解き事典

日本の神様読み解き事典

 

 

↑の「荒神」の項には、

 

「【荒神】<竃・牛馬の守護神>

荒神は、三宝荒神ともいい、これは三方荒神とも書くが、普通は略して荒神と呼ぶ場合が多い。そして、その信仰内容は多様複雑である。

荒神は主として修験道(山伏)と日蓮宗が祭祀した神である。本地仏大聖歓喜天文殊菩薩、または不動明王ともいわれるが、諸説あって定かではない。

荒神式』には、「咲(わら)えば八葉中台の尊神、瞋(いか)れば八大荒神の大神となり、聊か仏陀には大日尊と名づけ、薩埵には観世音と名づけ、天等には弁才天と名づけ、神等には鹿乱神(そらんしん/荒々しい神の意)と名づけ、魔王には常随魔と名づけ、鬼神には飢渇神と名づけ、煩悩には根本無名と名づく」とあるところを見ると、変幻自在、時に応じて人に対する神に解釈されている。

江戸時代、天野信景の随筆集『塩尻』巻五十三に、「瑜義経等にいへる毘那耶伽(びなやか/歓喜天のこと)ほ本身■(※石偏に章)礙(しょうげ)神を一に荒神と称す。是に忿怒と如来との二像あり、一切の障礙となる神故、修法の時、先降伏する事密家の大事なり。是竃神にあらず。基本地金剛薩埵と習う故なり」とあるところから、先に書いたように歓喜天荒神としている説も強く信じられていたようである。

さらに空海の作と伝えられる『三宝荒神祭文』には、「荒神の御前は其の本地を尋れば、或は文殊菩薩として、大空三昧の風に無相法身の用を磨き、或は不動明王として大智勇猛の火に有為妄執の薪を焼く。(中略)故に経に云はく、心荒ら立つ時は三宝荒神と為り、心寂なる時は本有の如来となる」とあり、文殊・不動の説をとっている。

また日蓮の『御義口伝』には、「三宝荒神とは十羅刹女のことなり。(略)荒神とは法華不信の人なり。法華経の行者の前にては守護神なり」とあるので、日蓮宗では十羅刹女説をとっている。

荒神役行者金剛山で修行中に初めて感得した神だとも、開成皇子が感得した神だとも伝えられるが、荒れ安く祟りやすい神、すなわち荒ぶる神という古代からあった信仰を、陰陽師・祈祷師・修験者などが仏教の経典に基づいて新たに創り上げた神であるといえよう。

(略)

『塩尻』第二に、「荒神は吾邦の陰陽家まつる。実は御年の神(大歳神)、奥津彦、奥津姫の三神を合せてまつる。竃の神なり、浮屠、役行者が感得といふはいつはり也」と書かれている。『真俗仏事編』第一にも、「古来の口説に荒神は最も不浄を忌む。然に火は其体清浄にして、而不浄を除くものなれば、家に在りて竃を浄処とす。故に荒神、人の家に至ては竃を棲居とし玉ふ。これにより俗に荒神を竃神とす」とあり、民間では現在でも行われている竃神の信仰はこれらの説から出たものであろう。

荒神は竃神、すなわち火の神で、また土地の神ともいわれる。一般に屋内に祀られる場合は火の神・竃神であるが、農耕神としても信仰される。一方、屋外に祀られる荒神は、屋敷の守護神・地域の守護神・一族の氏神という信仰がある。

荒神は極めて祟りやすく、特に女性を嫌うとか、牛馬の守護神・地主神・山の神としての信仰など、各地各様の信仰があるが、民間信仰の大半は竃神といってもいいであろう。(略)

古事記』では、出雲神話大年神の神裔の条に、「又天知迦流美豆比売に娶ひて生みませる子奥津日子神、次に奥津比売、亦の名を大戸比売神。此は諸人の以て拝く竃の神なり……」とある。(略)」

 

などとあります。

ちなみに、

 

道教の神々 (講談社学術文庫)

道教の神々 (講談社学術文庫)

 

 

↑によれば、「竃神爺(そうしんや)」という竃の神様は、「家族の行動を監視している天神(北斗)に告げる性格の神」だったそうです。

これなんかは、ほとんど「庚申信仰」と同じ話です。

なので、「この神様の前では、無礼や不浄は御法度」だったようで(そうされていた時期がわかりませんが)。

竃の歴史は、それこそ人類が火を使い始めたことに遡るでしょうから相当に古く、その場所を大切にするための信仰が芽生えるのは必然といえます。

「竃神がいらっしゃるから、大切にする」とか、「竃神がいらっしゃるから、竃をきれいに保とう」とか。

で、どこかで、「竃はきれいな場所だから、竃神がいらっしゃる」に転倒した、としたらどうでしょう。

三宝荒神」の起源はわりとどうでもいい感じだと思います。

長々引用しながら書いてみましたが、

 

こんなでかい「三宝荒神像」は珍しい

 

んじゃないか、と思ったもので。

道教の「竃神爺」の信仰から、「庚申信仰」→「青面金剛」へとつながる何かがあるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

ないかもしれません。

 

 

 

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参道。

 

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「駒返り橋

建久八年(1197年)、源頼朝善光寺に参詣した折、馬の蹄が石橋の穴に挟まってしまい、ここからは奥は馬を返して徒歩で入ったと言われています。

頼朝は火災で焼失した本堂の再建を行うなど、善光寺に深い信仰を寄せていました。」

 

なるほど、だから『吾妻鑑』には、

 

落馬して死んだ

 

と書かれているわけですね(昔、こんなことがあったんだから、馬から落ちても不思議じゃないですよね?、的な)。

 

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約束事。

守りましょう。

 

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こちら山門。

 

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スケール感が何かおかしくなる感じの大きさ。

パース、あってますか?

 

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「山門(三門

寛延三年(1750年)に完成した、二層入母屋造りの門です。間口と高さは約二十メートル、奥行は約八メートルあり、屋根はサワラの木の板を重ねた栩葺です。上層には仏間があり、文殊菩薩像・四天王像・四国八十八ヶ所尊像などが安置されています。楼上に懸かる「善光寺」の額は、輪王寺宮公澄法親王の御筆によるもので、字の中に五羽の鳩の姿が見えることから「鳩字の額」と呼ばれています。」

 

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これが噂の「鳩字の額」ですか。

ちょっとピントが……さて、どこにいるのでしょうか。

 

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こちら本堂。

もちろん内部は撮影できないのですが、まず驚いたのが内陣拝観券の自動販売機。

普通本堂の外にありそうなものですが……。

もちろん見所たくさんなのですが、せっかく内陣に入ったので、「お戒壇めぐり」にチャレンジしてきました。

お寺でいただいたパンフレットによれば、

 

「内々陣の右側を通って奥へ進むと「お戒壇めぐり」の入口があります。お戒壇めぐりは、御本尊の安置されている瑠璃壇下の真っ暗な回廊を通り、中程に懸かる極楽の錠前を探り当てて、秘仏の御本尊と結縁する道場です。右手で腰の高さの壁を伝ってお進み下さい。(略)」

 

とあります。

びっくりしたのが、

 

本当に真っ暗

 

だということです。

少し進めば、目が慣れるんじゃないかと思っていたのですが、全くそんな気配はなく。

数メートル進むと、前後の距離感覚は完全に消失して、右手で触れている壁だけが頼り。

あんまり早く進むと前の親子連れにぶつかりそう、しかし遅すぎると後ろのご高齢の方にぶつかりそう。

そんなことを考えながら、実際はほぼパニック状態でした。

子どもの騒ぎ声はするのですが、何しろ方向感覚が消えているので、どこから聞えているのかもさっぱりわからず。

足下が確かなのも、いつまで続くのやら不安でしかたがありません。

しかも途中で曲るし。

天井が低いことはわかっていたので、無駄にでかい私はいつ頭をぶつけるかヒヤヒヤしなければいけないし。

それに、「極楽の錠前」が、案外遠い……。

独りだけ別の方向に誘導されていても、恐らく全く気づきません。

ううむ……この真の闇は、子どもの頃に経験しておくといいかもしれません。

鍛えられるか、トラウマになるか、かなりリスキーではありますが。

これも一つの修行なのですね。

 

 

 

無事に「極楽の錠前」に触れることができました(……多分。違ってもわかんない)。

 

 

 

ちょっと神妙な気持ちになったところで、続きは次回に〜。