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べにーのGinger Booker Club

神社仏閣ラブ(弛め)

「増上寺」(続)

さて、

 

◯こちら===>>>

国立国会図書館デジタルコレクション - 江戸名所図会. 巻1

 

↑の続きと参ります。

106コマ辺りから(引用にあたって、旧字を改めた箇所有り/判読不能文字は■で置き換える)。

 

「黒本尊堂 [割註]本堂の後、蓮池より奥の方にあり。本尊阿弥陀如来の像は恵心僧都の作なり、御長二尺六寸、相向圓備にして生身の仏體に向ふが如し、世人呼んで黒本尊と稱せり。多くの星霜を歴て金泥ことごとく変じて黒色となる故に此稱ありとも、或は源九郎義経奉持する所故に九郎本尊といふの意なりとも。始参州桑子の明眼寺にありしを、某の邑の調を以て寺産に充、此霊像を得給ひて常に御念持仏となし給ひしが、竟に当寺に遷し給ふとなり。元禄八年増上寺御修営の時、桂昌一位尼公重て仏龕を新たにし、宝帳玉扉構飾精巧を極むと。以上浄宗護国篇に載る所也。毎歳正月十六日、四月八日、同十七日諸人ここに参詣する事をゆるさる。」

三門 [割註]元和九年癸亥御建立、或云八年なりと。楼上に釈迦、文殊、普賢、および十六阿羅漢等の木像を置。正月七月の十六日、二月八月の彼岸の中日、又二月十五日、四月八日等に登楼をゆるさる。」

安国殿

[割註]本堂構の外南の方にあり、四月十七日は御祭礼にて参拝を許さるる故に詣する人多し。来由は其憚あるを以て是を略す、御別当を安立院と號す。」

(略)

宗廟 [割註]御当家御代々の御霊屋なり、当寺院中より御別当を務む。」

(略)

飯倉天満宮 [割註]天神谷にあり、当山の地主神なり。昔飯倉の神明も此地にありしとなり。社地に梅樹を多く栽て二月の頃一時の荘観たり。宝松院別当す。」」

 

黒本尊について、源九郎義経奉持する所故に九郎本尊といふの意なりとも」という説を載せていますが、後世の附会というやつでしょう。

源家の後裔を称する徳川家にとっては、そうした箔付けも無意味ではなかったのかもしれませんが。

「参州桑子の明源寺」については、

 

◯こちら===>>>

愛知の旅と歴史

 

↑で紹介されていますが、同様の伝承があるようです(今は「妙源寺」といいます)。

三河一向一揆の際に、徳川家康側についたようですので、その縁から江戸にやってきた(運ばせた)ということは、あり得るような気がします。

「安国殿」のことは、来由は其憚あるを以て是を略す」……神君のことだから書けなかったんでしょうか(「東照宮」関係ではばんばん書いている気もしますが……何かあったのでしょうか)。

『江戸名所図会』では、現在の「増上寺」では見られない様々な旧跡も紹介されていますし、図絵に関しては見開き4枚とかなりのページ数を割いていますので、ご確認していただくと何か面白い発見があるかもしれません。

 

さてさて、

 

◯こちら===>>>

国立国会図書館デジタルコレクション - 東京府史蹟保存物調査報告書. 第11冊 芝・上野德川家靈廟

 

↑では、芝と上野の徳川家霊廟に関する、昭和初期の調査報告書が掲載されています。

10コマ辺りから、「増上寺」の霊廟の由来が書かれています。

 

「(略)

芝増上寺は現在浄土宗鎮西派の本山であるが、其の起源に関しては「三縁山志」其他諸書の記する所によれば、もと光明寺と称し、江戸麹町貝塚にあり真言古義に属してゐたが、元中二年酉誉上人浄土宗に改め、後日比谷に転じ、更に慶長三年八月現在の地に移つたとされてゐる。此の増上寺が徳川家の菩提寺とさるるに至つた事に関しては、「蠢餘一得四集」には、天正十八年庚寅八月第十二世源誉上人初めて東照宮に謁し、御菩提所と定められた由が記され、又「祐天物語」其他にも伝説的ではあるが、天正十八年八月一日家康の駿府より江戸入城の途上増上寺にて憩ひしに始るとされてゐる。斯くして元和二年四月家康が駿府にて薨ずるや、増上寺には家康を祀る安国殿が造営されたのである。「柳営日次記」によれば、

 

元和二年四月二十九日

一、御代々浄土宗に而御座候間、増上寺にも御位牌を被立、御玉屋御建立有、號安国殿、大和國一品徳蓮社崇誉道和大居士、

 

とあり、其の規模に関しては「安国殿記」に依つて知らるる如く相当のものであつた。安国殿の造営は後に増上寺が単なる徳川家菩提寺たるに止らず、多くの霊廟の経営さるるに至る源となつたと考へられるのである。(略)」

 

56コマからは、戦前に撮影された写真や配置図等を見ることができます。

今の「御霊屋」の様子とはまるで異なる、さすが天下人一族の墓所と言えるだけの規模だったことが確認できます。

明治維新で破壊されてもおかしくなかった、と思うのですが、よく残ったものです。

今残っていないことは残念ですが、せめてこうして詳細な記録があることが幸いでしょうか。

他にも、

 

◯こちら===>>>

幕末・明治期 日本古写真メタデータ・データベース-[検索結果の一覧表示]

 

◯こちら===>>>

芝・増上寺

 

↑のようなサイトで、往時を偲ぶことができます。

 

 

 

特別拝観日に遭遇したことがよかったのか悪かったのかわかりませんが、崇敬篤い地元の方々の姿が見られて何となくほっとしました。

秋はお祭りの季節ですね……あまりお祭りに遭遇したくないので(地元のお祭りなら巻き込まれてもいいのですが)、今度からそのくらい調べてから行きましょうか。

 

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